【感想】BSこだわり館『BSアニメ夜話』第7弾
さて、久々のエントリは毎度お馴染みになりました、BSこだわり館『BSアニメ夜話』第7弾の感想です。
今回のラインアップは以下の3作品になります。
第1夜『千年女優』
第2夜『勇者ライディーン』
第3夜『鋼の錬金術師』
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さて、久々のエントリは毎度お馴染みになりました、BSこだわり館『BSアニメ夜話』第7弾の感想です。
今回のラインアップは以下の3作品になります。
第1夜『千年女優』
第2夜『勇者ライディーン』
第3夜『鋼の錬金術師』
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こんばんは。
5月 4日が「国民の休日」となる最後の日を、皆さんはどのように過ごされたのでしょうか?
Wikipedia によりますと、来年からは 4月29日が「昭和の日」となり、代わって 5月 4日が「みどりの日」になるそうです。
そして次の「国民の休日」は、2009年 9月22日(火曜日)の予定だそうな。
さて、第5弾の感想をアップしていないのですが、今回の第6弾はGW中の放送ということもあり、久し振りに感想をアップしようと思います。
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この感想は少しだけ勇気をもって、アップしています。
何しろ自分は、本名で活動しているのに加えて、試写会で戴いた代表室宛の葉書に、ここのパーマネントリンクを記していたりするのですから。
つまりはこの感想を西澤監督以下、多くの関係者も眼を通すことになるんですね。
そして、御堂会館で行われた試写会に参加していたところからも分かるように、自分も一応、この作品の関係者だったりします。
まぁ関係者といっても、グループ会社の下っ端社員なだけですけどね。
さて、どうしてこれだけのリスクを冒しながらこの感想をアップするのか?といえば、それはこの状況下に於いて、どこまで忌憚のない意見をアップできるのか?という、自分に対する挑戦でもあります。
阿諛追従に慣らされた眼には、この感想が罵詈雑言に映り、このままでは自分の社会的立場が危うくなるかも知れません。
ですが、そのリスクを乗り越える感想をアップできてこそ、自分も一人前になれるかな?という期待もあります。
果たしてこの感想は、作り手の方達に受け容れられるでしょうか?
これは自分にとっても作り手の方達にとっても、たいへん良い試金石になることを信じています。
少なくともうちの社内では、阿諛追従が当たり前になっていますからね。
自分はそれを打ち破りたい!
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さて、お知らせが遅くなったのですが、8月23日(火曜日)~9月22日(木曜日)の間、てりぃさんの特設サイトでは、「劇場版AIR」の第2回感想集計アンケートが行われています。
このアンケート企画は、てりぃさんが個人で行われているものなのですが、規模や内容的には、東映アニメーションや VisualArt's/Key が、リサーチ会社から購入しても構わないぐらいの立派なものです。
ですので、劇場版『AIR』(監督:出﨑 統)を少しでもご覧になったことがある方には、是非ともこのアンケート企画に参加して欲しいと思っています。
9月 3日(土曜日)の時点で、既に200を超える投票が集まっています。
これだけの数が集まれば、作品と鑑賞者による傾向が、かなり見えてくると思います。
このアンケート結果によって、劇場版『AIR』に対する造詣は、間違いなく深まることでしょう。
そしてそれを更に深めるものが、これからあなたが投じる一票なんだと思います。
それでは、よしなに。(敬称略)
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・第1夜:『未来少年コナン』(監督:宮崎 駿)
判っている人は、だいたい判っていると思うのですが、自分は余り、ネームヴァリューに左右されません。
それは宮崎さんも同様です。
宮崎さんの新しい映画が公開されても、それはたくさんある映画の中の一つとしか思えません。
ということで今回は別段、得るものがなかったです。
あっ、他のマスコミではチヤホヤされている宮崎さんに対して、色々な人が、ロリコンだの何だのといっているところは、面白かったです。(^^)
・第2夜:劇場版『エースをねらえ!』(監督:出崎 統)
皆さんのお話を聞いていて思ったことは、この'79年当時の出崎さんは、精力的に活動をされていたのだろうということ。
ですが、劇場版『AIR』に於けるその印象と、今回取り上げられた劇場版『エースをねらえ!』の印象には、それほど大差はありませんでした。
つまり、歯に衣着せぬいい方をすれば、成長が見られないのです。
ディスカッションの中でお名前の挙がった富野由悠季さんの今の作品は、きちんと現代の作品としての映像を備えています。
ですが、出崎さんのそれは、過去のものにしか見えません。
出崎さんは本当に今でも、精力的に活動されているのでしょうか?
・第3夜:劇場版『超時空要塞マクロス 愛・おぼえていますか』(監督:石黒 昇・河森 正治)
今回のラインアップで一番期待していたのが、この『愛・おぼえていますか』です。
今なお通用する、ハイクォリティアニメーション。
しかもそれを当たり前の話ですが、CGを用いることなく映像化しています。
これは驚異だと思います。
あとは、エンディングのスタッフロールも見所だと思います。
今では絶対に不可能な、当時だからこそ集結できたという面々が名を連ねています。
しかしながら今回は、ゲストの人選がよくありません。
板野さんがいらっしゃったのなら、どうしてそのお相手は飯島さんや土井さんではなく、深見さんなのでしょうか?
逆に深見さんがいらっしゃったのなら、どうして取り上げる作品が『MACROSS PLUS』(総監督:河森 正治)ではないのでしょうか?
その辺りが、勿体ないなぁという感じです。
さて今回は板野さんがゲストということで、やはりディスカッションの中心は"板野サーカス"。
ミサイル乱舞の原体験は、バイクに搭載したロケット(花火)ランチャ100連発!という話は、とっても面白かったです。
やはり、映像作家の原体験の話は面白いですね。
これからもこういったゲストを期待します。
それでは、よしなに。(敬称略)
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<音泉>内で好評配信中の『川上とも子のうさぎのみみたぶ』#348にて、『AIR』の神尾観鈴と『Kanon』の倉田佐祐理と『成恵の世界』の天堂 蘭の三人による、「パンツの唄」の輪唱を聴くことが出来ます。(爆笑)
これは観鈴ファンにも、佐祐理ファンにも、蘭ファンにも、とも蔵ファンにも必聴です。(笑)
なお、この#348は、2005/06/21(Tue)に#349へ更新されますので、興味のある方はお早めに。
あと、この#348でとも蔵さんから、2005/06/18(Sat)21:00~CX(フジテレビジョン)系列で放送される『ザ・リング』(監督:ゴア・バービンスキー)を薦められたのだけど・・・
これって堀江由衣さんが、貞子的な役で吹き替えられたものですよね?
どうしようかなぁ~これまでに面白いホラー物に、当たったことがないんだけどなぁ。
ですがこの『ザ・リング』は、地上デジタル放送であれば、ステレオ二カ国語放送ながらトゥルーハイビジョン放送。
どうしようかなぁ~
さて、取り敢えず、観るには観たのですが・・・
やっぱりホラー物はダメ、これが面白いとは思えない。
このDVDを購入して、何度も繰り返し観る人って、いったい何が愉しくて観ているのでしょう?・・・
自分には手の届かない世界が、そこには広がっていました。
ですが自分は、最後までこの『ザ・リング』を観ました。
それは何故かというと、井上喜久子17歳です。おい!おい!さん(オフィスアネモネ所属)の、素晴らしい演技があったからです。
昔から、喜久子さんにこういった芝居をさせればピカイチ(死語)だということは解っていたのですが、最近の喜久子さんが演じられる役といえばどれも、おっとりとしたお姉さんの役ばかり。
はまり役といえばその通りなのですが、喜久子さんの本領を発揮した役になかなか巡り会えないことに、隔靴掻痒の思いを抱いていました。
ですが今回の喜久子さんの役は、そんな自分の思いを吹き飛ばしてくれました。
観る者の頭にではなく、心に訴えてくるこのお芝居。
自分はこれこそが喜久子さんの、真骨頂だと思います。
これからも喜久子さんには、こういった役も演じて欲しい。
そんなことを感じた、今回の『ザ・リング』でした。
それでは、よしなに。(敬称略)
P.S.誰もとも蔵さんに、「ノシ」の意味を教えて上げないのだろうか?…
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2005/05/01(Sun)はWOWOWで、『CASSHERN』(監督:紀里谷 和明)、『APPLESEED』(監督:荒牧 伸志)が立て続けに放送されました。
どちらも、ハイビジョン5.1chサラウンドステレオ放送ということで、期待は高まります。
早くこういった放送形態が、今のステレオ放送のように当たり前になって欲しいと思います。
それで『CASSHERN』の方は公開当時に、ワーナー・マイカル・シネマズ茨木にて鑑賞しておりますので、今回は理解を深めるために観ました。
その時の感想はこちらに認めていますので、お読み頂ければ幸いです。
ということで今回は、『APPLESEED』の感想を認めようと思います。
ゴールデンウィークとはいえ、平日の昼間から自宅で、-25dBの大音声をもって観る映画って、凄くいいですね。
たまにこういった時間があるから、なかなかWOWOWとの契約を切れないんですよね。(苦笑)
ということで今回は、リアルタイムではなく、録画したものを次の日に観ました。
さて、そんな大音声のお陰で、目の前で大爆発音がするかと思えば、左後ろからは、とても小さな金属音が聞こえてくる。
そのぐらい音響面では、文句の付け所がなかったです。
MPEG2-AAC 5.1ch でもこれだけ聴かせてくれるのですから、DVDに収録されている dts 5.1ch では、もっともっと聴かせてくれることでしょう。
そして『APPLESEED』は「3Dライブアニメ」を標榜しているだけあって、映像面でも凄いです。
『ファイナルファンタジー』(監督:坂口 博信)が"静"を志向しているのに対して、『APPLESEED』は"動"を志向しているぐらいの違いでしょうか。
もう、このぐらいのレヴェルになると、CGだから云々、実写だから云々というカテゴライズはナンセンスだと思います。
どちらも背景美術には、甲乙付けがたいと思います。
ですが人物描写には大きな違いがあります。
『ファイナルファンタジー』は人物までもリアル志向で描いています。
そのため、総ての画面内のオブジェクトには同一密度のテクスチャが採用されていて、背景との違和感はなく、キャラクタも最後までその世界観に馴染んでいました。
ところが『APPLESEED』のキャラクタは総て、トゥーンシェイダーによってセル画タッチで描かれています。
そのためテクスチャ密度の違いから、カメラが引いたときなどに背景からキャラクタが浮いて見えてしまい、最後までキャラクタは世界観に馴染むことがありませんでした。
個人的にここは少し残念に思う部分なのですが、『APPLESEED』はこの手法を選択したからこそ一流のアクション映画になり得たと思います。
『ファイナルファンタジー』の手法では、ここまでのアクションは描けなかったものと思います。
何年後になるかは分かりませんが、『ファイナルファンタジー』の手法による、一流のアクション映画が生まれることを期待します。
次はストーリーについて。
もしも『APPLESEED』にこのストーリーがなければ、自分はこの感想をアップしていません。
そのぐらい、ストーリーが良かったのです。
どんなに映像技術が進化しようとも、映画にとってそれらが何のためにあるかといえば、それは感動を伝えるためです。
お話の感動なら小説でも充分ですし、映像の感動なら実験映像でも充分です。
ですが映画の感動は、そこに音響も加え、それらが渾然一体となって初めて伝わるものです。
いや、その渾然一体となった感動を伝えたいからこそ…そして観客はその感動を味わいたいからこそ、映画文化は未だに廃れずにあるのでしょう。
ですが、ネット上に散らばる感想を拝見しますと、やはり「ステレオタイプなシナリオ」とタイプしている人が…
それからもう一つ多いのが、「アニメ絵が云々」「リアルじゃないから云々」と…
いつも思うのですが、こういった、それこそステレオタイプな文句をいう人って、自分の審美眼がショボイということを宣伝しているだけだとは・・・まぁ、思っていないんでしょうね。(苦笑)
しかしながら、このストーリーとアクションが100%融合しているのか?と訊かれると、そこはちょっと弱いかな?と…
このストーリー展開は、アクションシーンのためにある部分が強いですし、あのラストなら、何もあれだけのアクションシーンを用意しなくても、描けたのではないか?と思います。
ですがそれでも『APPLESEED』は、観る人に愛を託した素晴らしい作品です。
宣伝などで「3Dライブアニメ」を前面に押し出しているため、映像面ばかりに眼がいってしまいますが、作品のコアは映像ではなく伝えたいものです。
一人でも多くの人に、『APPLESEED』を愉しんで欲しいと思います。
それでは、よしなに。(敬称略)
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ハイクォリティな夏の特番に引き続き、京都アニメーションによる『AIR』がまた観られる。
しかも今度はそれを、劇場の大スクリーンで!
自分は今、この嬉しさを一人で噛み締めています。(^^)
ニュースソースは映画情報誌、月刊エイプリルワンです。
個人的に、前の劇場版は残念な結果に終わってしまったのですが、今回は京都アニメーション制作ということでもう、すっかり安心しています。
しかも今回は、京都アニメーションとしては初となる、HD24p制作だそうです。
音響については記載されていませんが、映像がHD24pなら、音響はSDDSぐらいにはなるでしょう。
期待しています。
さて、気になる公開日は、2006年の夏の予定。
神奈と観鈴のあの夏がまた、再び…
P.S.今日は何の日でしょうか?(^^;
ということで、エイプリルフール企画はお楽しみ頂けたでしょうか?
てりぃさんに至っては、わざわざ新しいエントリを立てた上でTBを戴きまして、誠にありがとうございます。
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・第1夜『新世紀 エヴァンゲリオン』(監督:庵野 秀明)
こちらにテキストに起こされたものがあります。
みやむ~こと宮村優子さんのお話が、たいへん興味深かったです。
以前、JOQR『緒方恵美の銀河に吠えろ!』で緒方さんが、劇場版のラストシーンを再アフレコしたと、話されていました。
その時には、「みやむ~と一緒に、最後の台詞を3時間掛けて録り直した」「魂が震える作品になった」と話されていました。
また以前、OBC『宮村優子の直球で行こう!』では、みやむ~自身が"気持ち悪い"の台詞を生み出した話をされていました。
そして今回、その生み出されたときに、庵野さんから投げ掛けられた質問が、みやむ~の口から語られましたが・・・
(鴇羽舞衣風に)はぃ~?
泥棒にいつでも犯される状況下で、第26話の冒頭宜しく、その泥棒がオナニーしたら…って、そりゃぁ誰でも気持ち悪いでしょう。(笑)
でもあのラストシーンの台詞は、今でも「気持ち悪い」で良かったと思っています。
それと滝本さんは、流石だなと思いました。
岡田さんから「物書きとして言語化するとどうなるんですか?」と訊かれてもなお、「だって綾波ですよ?好きになるに決まってるじゃないですか」といい切った。
あのぐらいでないと、オリジナリティある作品は生み出せないなと思う反面、彼の担当編集者は相当に腕の立つ人でないと、コントロールできないなと思いました。
今度、『NHKにようこそ! Welcome to the N.H.K.』を読んでみようと思います。
・第2夜『映画 クレヨンしんちゃん「嵐を呼ぶモーレツ!オトナ帝国の逆襲」』(監督:原 恵一)
動く藤原さんを初めて拝見しました。
国生さんが藤原さんに、サングラスを外すよう促されたのも分かります。
それで出演者の皆さんが、余りにも薦めるものですから、先程この映画の予約を入れました。
2005/04/02(Sat)10:10~WOWOWでの放送です。
でも、ステレオ放送なのが玉に瑕ですね。
5.1chサラウンドステレオにして欲しいです。
ところで、録画は出来ても、いつ観られる時間が出来るんだろう?
ちなみに自分は、1975年生まれですので、大阪万博を知りません。
ですが元実家は千里中央ですし、今でも茨木在住ですので、太陽の塔を始めとする万博記念公園には馴染みがあります。
果たしてこんな自分にも、この映画が愉しめるのでしょうか?
それと志らくさんは、他人の映画を貶して溜飲を下げる、ステレオタイプな人と感じました。
あれで彼の落語は、本当に面白いのでしょうか?
さて、頑張って観てみました。
ステレオ放送だったのですが、劇場版の名に恥じることのないDレンジの広さで、非常に聴き応えがありました。
ですが、やはり大阪万博の洗礼を受けていない自分には、そこまでのものを感じることが出来ませんでした。
出演者の皆さんが、あれだけ熱くこの映画を薦めていたのは、大阪万博という原体験があったからだと思います。
唐沢さんがいわれていたように、これは大人向け、それも1970年以前に生まれた方向けの映画なんだと思います。
・第3夜『新造人間 キャシャーン』(総監督:笹川 ひろし)
否定される方もたくさんおられるようですが、自分は『CASSHERN』(監督:紀里谷 和明)を、素晴らしい映画であると思っています。
詳細はこちらをご覧下さい。
それでこの原作の方は観たことなかったのですが、前述の『CASSHERN』とは、随分と趣の違う作品ですね。
何となくですが、原作にぞっこんの方が「こんなのはキャシャーンではない」といわれていたのが、分かるような気がします。
それでうちのNHK-BS2視聴環境では、BSディジタルよりもBSアナログの方が、映像も音声もハイクォリティです。
また自分の眼には、TOSHIBA RD-X3のD端子出力よりも、Victor HR-X7のS端子出力の方がハイクォリティに見えます。
ですのでうちでは、BS2のみ、X7で視聴しています。
ちなみに音声は、コアキシャル端子で、DENON AVC-A1SRに接続しています。(詳細はプロフィールページにて)
今回の放送も残念ながら、Aモードステレオだったのですが、それでも音が非常に良かったです。
観慣れているEVAの映像は、ダビングが繰り返されているためもう一つだったのですが、音声の方は低音がきちんと出ていて、とても心地良かったです。
また、大槻ケンヂさんの「たたかえ!キャシャーン」の熱唱も、実に良かったです。
あのカラオケは当時のものだと思うのですが、30年前のものとは思えない分厚い中音が、とても心地良かったです。
とにかく、音の良さに驚かされたのが、今回の『BSアニメ夜話』でした。
それでは、よしなに。(敬称略)
P.S. TBポリシーについては、こちらを参照して下さい。
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ネット上に散らばる皆さんの感想を拝見しまして、思うことがありました。
そこで改めて考察という形で、この文章を認めようと思います。
時は流れて2000年 9月。
VisualArt's/Key が、『AIR』という恋愛アドベンチャーゲームを生み出しました。
この『AIR』により VisualArt's/Key は、『Kanon』を嚆矢とする泣きゲーの地位を、不動のものとしました。
『AIR』は多くのプレイヤに、感動の泪を与えました。
そして2005年 2月、劇場版『AIR』公開。
続々とクォリティの高い映画が発表されている昨今、多くのファンは当然、『AIR』の感動を違った形で味わえる、たいへん素晴らしい劇場版が観られるものと期待しました。
ところが、実際に出来上がった作品は、出﨑演出による『AIR』風味の劇場版でした。
しかも今の時代、既に出﨑演出は下火となっており、今では珍しいタイプの演出となっていました。
どの分野でもそうですが、新しい表現方法は日々、多くの人々によって研究されています。
さてネット上では、劇場版『AIR』を観た人が口々にしていいました。
×「確かに『AIR』には違いないんだけど、期待していた物とは違う」
○「期待していた物とは違うけど、これはこれで面白い」
×「出﨑演出は今の時代には合わない」
○「『AIR』のことは知らないけれど、この劇場版は面白かった」
etc.
この件をもっとマクロに、エンタテインメントとして捉えてみるとどうでしょうか。
例え看板と中身が違っていても、実際に観てみてそれが、予想していたもの以上に面白ければ、それでその人は満足すると思います。
何しろお金を払って、エンタテインメントを享受しに来ているのですから。
では、劇場版『AIR』はどうだったのでしょうか?
皆さんの感想を総合しますと、『AIR』という素材と出﨑演出はまるで、相殺し合っているかのように見受けられました。
少なくとも、この二つの相乗効果がプラスに作用しているという意見は、見当たりませんでした。
実際、自分も、この設定は何のためにあるの?と、首を傾げた箇所が幾つもありましたから。
つまり、出﨑統監督以下制作スタッフ一同は、『AIR』という素材を使いながらも、その作品を劇場版の名に相応しい内容までには、仕上げ切れなかったのです。
もちろん作品としては、きちんとしたものに仕上がっていますので、それを面白いといわれる方は、たくさんいらっしゃいました。
ですが看板には、劇場版『AIR』を掲げているのです。
劇場版という言葉には、"お金の掛かった大作"というコンセンサスがある。
普通に面白いどころではなく、劇場版の名をほしいままにするだけの面白さが、要求されているのです。
『AIR』という素材を十二分に活かした感動が、要求されているのです。
そんな折り、皆さんの感想の中に、こういった意見がありました。
そもそも尺の関係から、長編シナリオで魅せる恋愛アドベンチャーゲーム『AIR』を、決められた時間内で魅せなければならないアニメーション作品にすること自体に、無理がある。
あの感動を、他のメディアで味わえるわけがない。
『AIR』という素材は、じっくりとテキストを読ませる恋愛アドベンチャーゲームをもって、初めて活きてくる。
ところが・・・劇場版『AIR』の公開に先行すること一ヶ月。
新進気鋭の石原立也監督以下制作スタッフ一同が既に、TVシリーズ『AIR』に於いて、これを実現しようとしていました。
その圧倒的な映像をもって、各話二十数分のアニメーション作品が、長編の恋愛アドベンチャーゲームの感動に迫ろうとしていました。
恋愛アドベンチャーゲーム『AIR』の感動から冷めやらぬ人はもちろんのこと、普段からゲームをプレイしない者でも充分に愉しめる、TVシリーズ『AIR』。
同じ『AIR』という素材を用いて、同じアニメーションという表現方法で制作されているのにも関わらず、その完成度がまるで違う二つの『AIR』。
多くの場合、劇場版の方が完成度は高いとされているのですが、この『AIR』に於いては、多くの人から「神懸かり的だ」と称されるほどに、TVシリーズの方が高いです。
この先行したTVシリーズの高評価も相俟って、相対的に劇場版への評価は芳しくありません。
こうなってしまった原因は、いったい何なのか?
シナリオ?絵コンテ?演出?原画?動画?仕上げ?背景?撮影?特効?演技?上映時間?予算?プロデューサ?etc.?…
この劇場版『AIR』も他の作品と同様、たいへん多くのスタッフが関わっています。
それぞれのスタッフは、その与えられた範疇に於いて、精一杯の努力をされたものと思います。
ですがシナリオは、パンフレットに掲載されていた第三稿の方が断然良いと専らの評判ですし、原画は時折、崩れるところが見受けられる。
また動画の方も、写真を燃やすところなどに不自然なシーンがあり、背景は精彩に欠けるところがあった。
何よりも全体的に、他の劇場版作品と比べて、お世辞にも潤沢な予算が掛かっているようには見えない…etc.
各パートの責任は、各パートに携わったスタッフにあると思います。
ですがこういったとき、映像作品の監督に関わらず、監督を拝命した総ての人は、その事業全体に関わる総ての責任を負うものと考えます。
つまり、例え個々にそれぞれの責任があろうとも、万が一全体が失敗したときには、それらを引っくるめて総ての責任を取る。
逆に全体が成功した暁には、総ての賞賛をそれぞれのスタッフの許へ還元する。
これこそが監督にしか出来ない栄誉ある役目であると、自分は考えます。
よって、劇場版『AIR』がこうなってしまった原因は、監督:出﨑統その人にあると、自分は考えます。
劇場版『AIR』は、劇場版としても、『AIR』としても名前負けの作品でした。
満足に表現されているものは、出﨑統作品としての映像だけでした。
これらのことから、出﨑統監督は他の能力に長けていたとしても、劇場版『AIR』の名を冠するに相応しい作品を生み出すまでの能力はなかったと、自分は判断しています。
それだけ原作ソフトの『AIR』が、偉大だったのでしょう。
それでは、よしなに。(敬称略)
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極一部の方には、たいへんお待たせしました。
今回は先行鑑賞会のレポートも兼ねていますので、かなりの長文となっています。
また、当然のことながらネタバレも多分に含みますので、ご注意下さい。
まずは、上映開始までのレポートから。
自分は開場時間丁度に現地入りしたのですが、既に入場が開始されていました。
入り口で当選葉書と引き替えに、劇場版『AIR』の資料とポスターを受け取ってから、一路劇場へ。
席に着いて少しすると入り口の方で、パンフレットの販売が始まりました。
するとすぐさま、劇場の後ろには長蛇の列が出来ました。
まぁ自分はネタバレを避けるため、本編を観終わらないうちは絶対に読まないですし、どうせ帰りしなにも購入できるのだからと、タカを括っていました。
劇場版『AIR』を観て、面白かったら購入しようと。
ところが自分の隣の席の人がですね、その大きなパンフレットを広げて、読み始めたんです・・・
もーっ、隣のパンフレットが、気になって気になって仕方がない!(笑)
そんなこんなの我慢の15分も何とか乗り切り、ようやく先行鑑賞会開始。
司会はフロンティアワークスの…ごめんなさい、お名前を忘れてしまいました。
今回は鑑賞会だけかと思っていたのですが、なんと特別ゲストの方がいらっしゃいました。
特別ゲストは、東映アニメーションの東伊里弥プロデューサと、ビジュアルアーツの樋上いたるさんと折戸伸治さんのお三方。
ステージ上に向かって左から、男性、女性、男性と並ばれたお三方。
えーっと、樋上いたるさんって女性の方だったんですか・・・存じませんでした。
いたるというお名前から、自分はてっきり男性の方かと思っていました。
それで三人を代表して東プロデューサから、「製作開始から三度目の夏が過ぎました」や「約91分になりました」などの、苦労話がありました。
最初、司会の方の「三人を代表して」という言葉は、自分の聞き間違いかと思っていたのですが、ビジュアルアーツのお二人のお声は、最後まで聞くことが出来ませんでした。
・・・結局あのお二人は、何をしに来られたのでしょうか?
東天満からの帰りに、ちょっとだけ心斎橋に寄られただけなのでしょうか?
さて、ゲストの方が退場されてから、照明が暗くなり、いよいよ劇場版『AIR』の上映開始。
冒頭のトレーラはなんと、劇場版『機動戦士 Ζガンダム A New Translation 星を継ぐ者』。
どうして東映配給の映画に松竹配給の映画?と、そのときは思ったのですが、後から調べてみると、この会場となった心斎橋パラダイススクエアは、松竹系の映画館だったんですね。
これも知りませんでした。
さて本当にいよいよ、劇場版『AIR』の開始です。
まず最初に、自分に対して出﨑統さんというネームヴァリューは、意味をなしません。
これは中村誠さん、小林明美さん、周防義和さん等も同様です。
また、原作ソフトは未プレイでして、唯一の『AIR』体験は、TVシリーズのみとなっています。
そんな自分のファーストインプレッションは、「古臭い作品だなぁ」です。
自分が普段から観慣れているトゥルーハイビジョン放送と比較すると、鮮鋭感の劣る35mmフィルムが上映媒体ということもあって、非常に古めかしい印象を受けました。
また音響の方も、台詞がセンターに定位されていて、それ以外がサラウンドに回されるという、いかにもなサウンドデザイン。
エンドテロップには「DTS STEREO」だけがクレジットされていましたが、この作品は本当に2005年 2月公開の映画なのでしょうか?
サウンドデザインに関してハッ!とするようなシーンは、皆無でした。
また映像の方も、あれを出﨑演出の応酬というのでしょうか?
まるで四半世紀前の作品のような、入射光、3回パン、ハーモニー処理、画面分割、光る吐瀉物、光る鮮血、etc.…
海や旗等はCGIで表現されていましたが、電車やバス等は手描きでした。
どうも3DCGIは、導入されていないようです。
エンドテロップで、絵コンテのクレジットを見逃しているのですが、あれは出﨑さんのものなのでしょうか?
歯に衣着せぬ物言いをしますと、三次元空間把握力に乏しい絵コンテや演出でした。
撮影台に背景画を置いて、その上にセル画を重ねて'撮影'をしていた当時は、基本的にオブジェクトは二次元移動だったので、カメラワークの自由度は芳しくありませんでした。
そのためこういった絵コンテや演出は、効果的だったのだと思います。
ところが今は、総ての素材をコンピュータ上に取り込んでから、'コンポジット'する時代です。
当時と比べてやりやすくなったということはないでしょうが、オブジェクトを三次元的に動かしやすくなった分、カメラワークの自由度は飛躍的に上がり、当時では成し得なかったような映像表現が、次々と可能になりました。
その結果、今はそれらを活かす力、つまりは、三次元空間把握力に富んだ絵コンテや演出が、求められるようになりました。
ところが今回の劇場版『AIR』では、時代錯誤とまではいいませんが、たいへん失礼ながら、旧態依然とした絵コンテが切られていまして、しかもそれをもって演出されていました。
これらを懐かしいと肯定的に捉えるか、古臭いと否定的に捉えるかは、観る人次第だと思うのですが、昔ながらの絵コンテや演出であることに、間違いはないと思います。
次にストーリーテーリングについてですが、過去の文献を調査しながら、それと今の自分がおかれた状況を重ね合わせるという、オーソドックスな構成。
過去にあった翼人伝承宜しく、他人を想うに連れて衰弱していく神尾観鈴(CV:川上とも子)。
だからこそこれまで観鈴は、自分の感情を押し殺して、出来るだけ他人を想わないようにしていた。
だけど国崎往人(CV:緑川光)と出逢って、自分の身体のことよりも自分の気持ちを、往人を想う気持ちの方を優先しようと決めた。と、ここまでは理解できました。
これは凄くいい話だと思います。
ですが最終的に、観鈴の生死はよく判らなかったし、往人は翼人伝承宜しく事切れてはいないし、何より観鈴達は何故、翼人伝承に準える運命を辿るようになったのかが、まるで伝わってきませんでした。
また、これらをもって劇場版『AIR』は観る者に対して、いったい何を訴え掛けたかったのでしょうか?
劇場版『AIR』は観る者の心に、いったいどんな楔を打ち込もうとしていたのでしょうか?
自分はこれこそが作品の肝だと思うのですが、残念ながら劇場版『AIR』は、自分の心には何も残してはいきませんでした。
その結果、タイトルである『AIR』とは、いったい何を示唆しているのかも、自分には全く伝わってきませんでした。
それとこれは原作を意識してのことだと思うのですが、劇場版『AIR』に於いて、観鈴の変わった口癖を持つという設定に、何かしらの必要性はあったのでしょうか?
往人が法術を使えるという設定に、何かしらの必要性があったのでしょうか?
少なくとも現在放送されているTVシリーズ『AIR』(監督:石原立也)には、その必要性を感じています。
ですがこの劇場版『AIR』には、それらを感じられないのです。
翼人伝承を下敷きにして、観鈴や往人を描くのに、これらの設定は本当に必要だったのでしょうか?
自分の眼には、観鈴が終始標準語を話していても、往人が法術を使えなくても、劇場版『AIR』は成立できたように見受けられました。
この辺りに『AIR』を劇場版へ仕上げることと、作り手側がやりたかったことや訴えたかったこととの齟齬を、感じています。
ましてや今回の劇場版『AIR』の上映時間は、約91分。
『AIR』たらしめるためだけの設定を放り込むのではなく、劇場版『AIR』として必要な設定だけを、充分に絞り込む必要があったのではないでしょうか?
いや、作品が『AIR』を名乗る以上は、上映時間等の外的要因のいかんに関わらず、これらの設定をきちんと汲み取ってなお、ストーリーとして昇華させる必要があったと思います。
これが出来ていない、もしくは、敢えてそれを避けたということはつまり、作り手側にそこまでの力量がなかったことを意味します。
ということで最後はこの感想の纏めとして、かなりの勇気と、劇場版『AIR』に関わった総ての人へ大きな期待を込めて、この言葉で締め括りたいと思います。
「アニメーション界の重鎮の作品は、この程度で終わりとなってしまうのか!?」
それでは、よしなに。(敬称略)
P.S. そんなこんなで、結局パンフレットは購入せずに帰宅しました。
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こんばんは、先程、先行鑑賞会から帰宅しました。
ファーストインプレッションは、
「古臭い作品だなぁ」です。
誤解を恐れずに勇気をもってタイプしますが、御大の洗礼を受けていない自分からすると、あの作風は過去のものであり、そこからエンタテインメントを感じることは出来ませんでした。
ということで、きちんとした感想はまた後日。
それと是非とも、御大の洗礼を受けている方の感想を拝見したいです。
自らの審美眼を鍛えるために。
それでは、よしなに。
P.S.流浪人さん、急かさないで下さい。(^^)
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先日レイトショーで、『CASSHERN』(監督:紀里谷 和明)を観てきました。
自分は観終えた後に「さぁもう一度最初から観てみよう!」と思えたほど、非常によい映画だと感じたのですが、ネット上では賛否両論が両極端でした。
そして、そこに垣間見えたのは、"先入観"でした。
自分はこの作品を、殆ど"先入観"なしで鑑賞しました。
原作にあたる『新造人間 キャシャーン』(総監督:笹川 ひろし)は、自分が生まれる前の作品ですし、監督の紀里谷さんも、珍しいお名前ですねぐらいしか知りませんでした。
スタッフやキャストも殆ど調べることなく、鑑賞に臨みました。
ですからその後、エンドロールを観て、要潤さんや唐沢寿明さんがどこに出ていたの?と驚き、ネット上の感想を読んで、雨上がり決死隊の宮迫博之さんって誰?とか思ったぐらいです。(すいません、世間知らずで)
もちろん今では、紀里谷和明さんの奥さんが宇多田ヒカルさんであることや、この作品が、三橋達也さんの遺作になったことも知っています。
自分はこのぐらい他のファクタに影響されることなく、純粋に『CASSHERN』を愉しむことが出来ました。
ところが、『CASSHERN』の否定派に多く見られた意見の中に、「映画の体をなしていない」というものがありました。
この意見に代表されるように、「映画はこうあるべき」みたいな"先入観"を持ち合わせている人には、この作品を愉しむことが出来なかったようです。
自分から見れば『CASSHERN』は、「これまでの映画の枠に囚われない」作品なのですが…
こういった斬新な作品が出てくる限りは、まだまだ業界の方は大丈夫かな?と思います。
逆に自分は、こういった作品を受け容れられない人が大勢いることに、驚きを隠せません。
そんなにも多くの人は、永遠のマンネリズムに安穏としていたいのでしょうか?
『CASSHERN』はそういった動脈硬化を打ち砕くための、カンフル注射だと思います。
そしてそのためにも是非、興行的な成功を収めて欲しいと思います。
何といっても『CASSHERN』は、観客に"希望"を託した素晴らしい作品なのですから…
それでは、よしなに。
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この映画は公開初日(2002/03/30)に鑑賞したのですが、色々とありまして、この感想文はゴールデンウィークに認めております。
感想『ミニパト』第2話「あゝ栄光の98式AV!」
しかし、ある程度覚悟していたとはいえ、ここまでパトレイバーを始めとするロボットアニメ・・・いや、ロボットやアニメに限らずパソコンなど、ありとあらゆる知識がないと100%の理解ができない作品だとは思いませんでした。
また公式ページによりますと、自分が鑑賞した第2話の上映時間は12分だそうですが、これにはとてもそんな短い上映時間だとは思えないほどの内容が凝縮されています。
これは偏に、シバシゲオ役の千葉繁さんによるところが大きいと思います。
とにかく早口。
矢継ぎ早に言葉を捲し立てるその語り口は、例えその話している内容が全く理解できなかったとしても、充分に楽しめたのではないのでしょうか?
それから、もう一つの楽しみは、あのパタパタアニメーション(?)でしょう。
これはなかなかテキストや静止画では伝えにくいというか、絶対に100%は伝えられないのですが、紙で出来た平面人形を、割り箸やピアノ線で動かしているような感じ。といえば伝わるでしょうか?
ですがこの作品は、フルCGで制作されたようです。
劇場公開前後に放送された特別番組によりますと、動きの検証のために、実際に紙人形を作成していたようですが、最終的には総てディジタライズされたようです。
でないと、ああいった映像は表現できないと思われます。
これは文字通り、これまでに観たことのない映像が観られること、間違いなしです。
CGはハリウッド映画に代表されるような、実写との見分けが付かないリアルな方向へと、着実にその歩みを進めています。
ですがその一方でこの『ミニパト』のように、CGでないと表現できない映像もまた、創り出されています。
『ミニパト』第2話「あゝ栄光の98式AV!」は、一瞥すると、それなりの知識を持った者にしか笑えない、非常に閉鎖的なギャグ作品なのかも知れません。
ですが、もっとよく咀嚼してみるとこの作品は、短い時間にどれだけのコンテンツを詰め込めるのか?ということと、これまでのフィルムでは表現できなかった映像を追求した、たいへん意欲的な作品であったと思います。
ところでこの作品、初見で内容を100%理解できた人は、どのくらいいるのでしょうか?・・・
感想『WXIII PATLABOR THE MOVIE 3』
さていよいよ本編の感想なのですが、まず第一に、たいへん地味ながらも非常に観応えのある作品だと感じました。
「昭和75年の東京に怪獣が出現する」と聞くと自分は、怪獣映画に代表されるような、リアルな視点で作品を観ることを憚られるような内容かと思っていたのですが、それはとんでもない誤解でした。
WXIIIは、たいへんリアルかつ重厚な、大人の人間ドラマでした。
JOQR「ポリケロののわぁんちゃってSAYYOU!」内で脚本のとり・みきさんは、「ロボットものではなく怪獣ものをやりたかった。でも蓋を開けてみると、ロボットものでも怪獣ものでもなくなっていた」といった旨を話されていました。
この言葉の通り、WXIIIは割合でいえばロボットものでもなければ、怪獣ものでもありません。
この作品は間違いなく、大人の女と男が紡ぎ出す人間ドラマです。
しかもそれは、明るく華やかなラヴストーリーではなく、暗く悲しいラヴストーリーでした・・・
ですが、だからといって、ロボットや怪獣といったギミックが、このラブストーリーと相反していることはなく、むしろ相乗効果をなしている。
ここがこのWXIIIの凄いところだと思います。
普通、作品内容がどんどんリアルになればなるほど、ロボットや怪獣といった空想の産物は、どんどんとその作品から乖離していくと思うのです。
ところがWXIIIは、「東京」や「警察」といったリアルなものをよりリアルに描き上げることによって、逆に「ロボット」や「怪獣」といったアンリアルなものを、作品世界に定着させている。
しかもこの作品の主人公は、ロボットでもなければ怪獣でもない、久住 武史(CAST:綿引勝彦)と秦 真一郎(CAST:平田 広明)という、一介の刑事たちなのです。
ここまで徹底的にフィクションを描きにくい舞台を用意した上で、徹底的にフィクションを描ききったWXIIIは、たいへん希有な作品だと思います。
例えばこれは、ロボットとか怪獣とかを抜きにして、敵役。
ハリウッド映画の大概がそうだと思うのですが、主人公達が活躍するためには、必ずそれ相応の敵役がいます。
そしてその敵役が、例えばエイリアンに代表されるように、とにかくエイリアンだから人間を襲ってくる。
そしてその異形の存在理由などは、余り多く語られない。
ところがどうでしょうか、このWXIIIに於ける怪獣(廃棄物13号)は。
その怪獣の成り立ちは、東都生物医学研究所主任研究員である岬 冴子(CAST:田中敦子)の亡くなった娘の癌細胞から。
「死んだ娘が(例えその姿が怪獣であったとしても)生きている」というモチベーションは、これまでのマッドサイエンティスト系には余りなかったものと思います。
そして人を襲う理由は恐らく、あの怪獣に宿った新しい生命のため。
このあたりのギミックはエイリアンにもあったものですが、その表現方法が、実に心憎かったです。
この映画のラスト近く。
スタジアムの真ん中で、陸上自衛隊の特別部隊に焼かれていく廃棄物13号と、それを見詰める岬の姿。
それまで娘を思う母、岬の姿を描き続けてきたWXIII。
岬の自室の壁一面に貼ってある、異常なまでに大きく引き延ばされた娘の写真が、たいへん印象的でした。
しかし、スタジアムに入る岬に、秦は「あれは君の娘なんかじゃない、化け物だ」と告げる。
そして岬の眼に飛び込んできたものは、やはり秦のいう通りの化け物なのだけれど、その化け物の乳房は大きく脹れていました・・・
例えどんな姿になった娘でも、その娘のことを思い続ける母と、例えどんな姿になったとしても、女であり続ける娘。
これは自分の考え過ぎなのかも知れないけれど、この映画に自分は「親子愛」を観たような気がします。
さて、自分のページに自分が観た映画の感想を書き連ねて以来、観終えた後に「さぁもう一度最初から観よう」と思えた作品は、このWXIIIが初めてです。
特別な能力を持った者が活躍する訳でもなければ、感動的な大団円が待っているわけでもない。
むしろ後に残るのは、結局何も出来なかったという、物悲しい結末のみ。
ですから、カッコイイレイバー戦や第2小隊の活躍・・・
はたまた、劇場版前作、前々作の押井テイストを期待していた人たちには、余り良い作品には映らなかったことでしょう。
だけどこのフィルムには間違いなく、不朽の名作としての味わい深さが鏤められています。
じっくりと腰を据えて、蕩々と語られるストーリーを咀嚼できる方には、自信を持ってお薦めできるこの作品。
映画館まで足を運ぶだけの価値は、充分に内包されています。
以上
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去る、2001年 9月11日(火曜日)のレイトショーで、この映画を観てきました。
2001年 9月11日(火曜日)、そうです、アメリカで同時多発テロ事件が起こった、その当日です。
自分はこの事件の第一報を、J-PHONE の J-Sky Station「総合ニュース」で知りました。
丁度、ワーナー・マイカル・シネマズ茨木を出た直後だったので、日付が変わるか変わらないかの頃合いだったと思います。
その時は、「小型飛行機が操縦を誤ってどこかのビルに激突したんだ」ぐらいにしか考えていませんでしたが、帰宅してみて驚愕しました。
その驚きようは、どんな形容詞で修飾しても、文末に幾ら感嘆符を並べても、筆舌に尽くしがたいものがあります。
次の朝には、いつものように出勤しなければならないにも関わらず、結局深夜の2時頃までBSディジタル放送各局の、特別報道番組に釘付けになっていました。
それほどあの、ボーイング767がワールドトレードセンタービルディングに激突するシーンは、衝撃的でした。
現実に起こってしまったことであるにも関わらず、どうしてもそれを現実として受け止められず、どこかフィクションとしてそれを認識しようとしている自分がここにいる。
とても不思議な感覚でした。
そういった経緯もあり、普段なら良い作品に出会った夜には必ずといっていいほどそのことを思い出し、反芻しているところが、そんな思いは件の事件によって、もうすっかりリプレイスされていました。
そして今、『COWBOY BEBOP 天国の扉』のことを思い出しながら、この感想文をタイプしているのですが・・・
まずはオープニング。
1カット1カットアスペクト比を変えたモノクロの絵、時折リップシンクするキャラクタ、映像に負けないだけの音楽と、音楽負けないだけの映像。
全編を通して、自分はここだけが異質に思えたのですが、エンドロールからこのオープニングは、『人狼 JIN-ROH』でメガホンを取られた、沖浦啓之さんの製作だということが判りました。
こういったオープニングだけ別の人が作成するといった手法は、TVシリーズではよく見掛けますが、劇場用作品では珍しいなと思いました。
次に憶えていることは、音楽。
先程も触れましたが、とにかく、いちいち耳に残る自己主張のたいへん強いBGMが印象的でした。
この辺りは、菅野よう子さんの面目躍如といったところでしょうか。
また、映像もこの自己主張の強い音楽負けていないのだから、本当に凄いと思います。
特にスパイクが駆る、ソードフィッシュのドッグファイトシーンが、途方もなく格好良かったです。
この作品後半のドッグファイトシーンが引き立つのも、作品前半の地道な物語の積み立てがあったからだと思います。
作品の最初の方は、アスペクト比が16:9であることを除けば、別段劇場用作品であるとは感じにくかったです。
何故なら、『COWBOY BEBOP』は元々、TVシリーズからハイクォリティな映像作品でしたから、アニメーションのクォリティでそれを判断することは難しかったです。
ですが、ジークンドーのアクションシーンや前述のドックファイトシーンなどは、劇場用作品でなければ実現しなかったであろう長尺かつ、ハイクォリティな映像で、これだけでも充分に『COWBOY BEBOP 天国の扉』を観る価値があったと思います。
次に物語ですが、これは別に劇場版だからということはなかったです。
大きな小道具にナノマシーンを持ち込み、それを主軸に物語を展開していく。
物語の中で「細菌兵器」だと思われていたものが、実は「ナノマシーン」だということになったときには、これがドラえもんの便利道具にならないかと心配したのですが・・・
『COWBOY BEBOP』という世界観から鑑みれば、ああいったナノマシーンは充分にありなのですが、流石にカウンタナノマシーン(だったかな?)を口から摂取して大丈夫だった。雨のように降らせて大丈夫だったというのは、便利すぎる小道具であったように感じました。
有り体にいえば、リアリティが乏しいと・・・
ですがこの作品は、あくまでも『COWBOY BEBOP』です。
そう考えると、この小道具も全然OKになってくるのだから、『COWBOY BEBOP』って不思議な世界観ですね。
さて、映像も物語もそうなのですが、元々TVシリーズからハイクォリティな作品であり、なおかつこの作品はサイドストーリィ的な扱いではなく、TVシリーズと同じ時間軸に乗る作品であるため、「劇場版」としての差別化が他作品ほどされていません。
良くも悪くも、この作品は『COWBOY BEBOP』です。
これまでのTVシリーズ→劇場版といった流れを取った作品とは、大きく異なりますね。
ARE YOU LIVING IN THE REAL WORLD ?
さて、これがこの映画のラストメッセージです。
当然のことながら、この問いに対する自分の答えは、誰が何といおうと「Yes」です。
実際、そう思ってワーナー・マイカル・シネマズ茨木を後にしました。
自分は別に、夢の中で生きているとは思っていませんから。
ですがその後、件の事件映像を観て思ったことは、「もしかするとNoかも知れない」ということでした。
自分の中でああいったことは、フィクションの中だけの出来事であり、絶対にリアルワールドでは起こりえないことでしたから・・・
しかし現実に、ワールドトレードセンタービルディングは二棟とも倒壊し、日本時間で本日(2001/10/08)未明、アメリカ・イギリス両軍はタリバーン軍事政権に対して、報復攻撃を開始しました。
本当にもうどうなっちゃっているのでしょうか。
これまでも、そしてこれからも、自分が生きている世界は紛れもなく現実世界の筈ですが、どうやらその現実の内容が大きく変わってきているように感じています。
今回は『COWBOY BEBOP 天国の扉』を鑑賞したタイミングがタイミングだっただけに、作品内容とは違った意味で、たいへん印象に残る作品となりました。
以上
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梅雨真っ直中の6月を、皆さんどうお過ごしですか?
自分はすっかり黴っています。
今回は、そんな最中に観てきました、『メトロポリス』の感想をタイプしたいと思います。
「心のないロボットに、愛は生まれるか。」
これがこの映画のキャッチフレーズです。
このある意味で永遠とも思えるこの命題は、手塚治虫さんからすれば、まさにど真ん中直球ストレート勝負なのでしょう。
しかし、今を生きる自分からすると、この命題は今更感があまりに強過ぎます。
その上、監督はりんたろうさんに、脚本は大友克洋さん。
はっきり言いまして、この映画の話を聞いたときには、全くと言っていいほど食指が動きませんでした。
ですが、公開前に放送されていたTVCFを観るにつけ、ハイクォリティな映像が愉しめるなぁと、思い始めました。
さて、そんな思いで観てきた『メトロポリス』。
いや、凄かったです。
何が凄いって、CGが凄いとかアニメーションが凄いとか、そういったことを凌駕するぐらいの映像が、そこには繰り広げられていました。
『マトリックス』(監督:ラリー・ウォシャウスキー&アンディー・ウォシャウスキー)のときにも、まだまだこれまでに観たことのない映像が観られるものだなぁと感心していたのですが、今回はまたそれに輪を掛けて、これまでに観たことのない映像が観られました。
2Dアニメーションと3DCGの融合は、これまでにも行われていましたが、その手法でここまでのモブシーンを映像に創り上げたのは、この『メトロポリス』が初めてでしょう。
公式ウェブページの完成記念インタビュー2によりますと、レセプション会場のモブシーンは、300人をバラバラに動かしているそうで、トップシーンはたった3秒間で1,000枚(!)の動画が用いられたそうです。
しかもこの動いているキャラクタというのが、背景の3DCGとは不似合いと言っても過言ではないほどに手塚漫画チックにデフォルメされたキャラクタばかり。
このあたりは、ディジタル技術の進歩もさることながら、これだけの偉業を成し遂げたアニメータとレイアウト作画監督に、心から拍手を送りたいと思います。
といったように、『メトロポリス』という作品は、映像的見地からはたいへん観応えのある作品でした。
しかしです・・・
物語的見地から観た場合はどうでしょうか。
ロックという人をバンバン殺していくキャラクタを出してこないと、前に進まないストーリィ。
しかもその行動原理は、男性キャラなのにファザーコンプレックスという、もう一つ共感できないもので構成されています。
また劇中では、最後まで殺人に対する倫理観が語られなかったため、この人殺しという行為が『メトロポリス』に於いて、日常的な物か非日常的な物かさえ、提示できないでいた世界観。
記憶喪失ものの典型を貫く物語骨子。
崩壊する建築物の中、高いところから落ちかけるヒロインを救おうとするシチュエーション。
これらの要素のうち、どれか一つが欠けたとしても、この作品は『メトロポリス』ではなくなってしまうのでしょう。
しかしこれらの要素はどれも、今となっては「在り来たり」という言葉で片付けられれてしまう代物です。
ですがそれを敢えて取り上げ、これだけの映像作品にまで仕上げた制作者側は、この作品を通じて視聴者にいったい何を伝えたかったのでしょうか?
「心のないロボットに、愛は生まれるか。」
キャッチフレーズを素直に受け取ると、この命題がその答えにあたると思います。
ですが、いかに映像がトップクラスであったとしても、それによって表現されている物が、他人の手垢にまみれている物では、自分の心には響いてこないです。
結局のところこの作品は、視聴者の心に楔を残すことを一位とした作品ではなく、半世紀前の手塚漫画を、最新技術によって現代に復活させることを一位においた作品なのでしょう。
しかしです、自分の周りでは概ね好評なこの作品。
特に公式掲示板では大好評です。
多くの人から「涙した」との言葉を聞きました・・・
ですからこの作品は、自分の心には届かなかったものの、より多くの人の心に、きちんと楔を残している素晴らしい作品であると思います。
ではこの違いは、いったいどこにあるのか?・・・
反論覚悟でタイプすれば、それは恐らく、手塚漫画に傾倒しているかどうかの差ではないでしょうか?
よく「手塚治虫さんは偉大な人だ」という話を耳にします。
勿論彼がいたからこそ、今日の漫画やアニメーションが、ここまでの隆盛を極めているのでしょう。
しかしです、自分は彼をそこまで特別視していません。
個人の作品に触れることに限っていえば、彼もパッ!と出の新人漫画家も、自分から見れば同じ漫画家です。
人が感じた感動を否定する気はさらさらありません。
ですが、『メトロポリス』を観て感動した人に、是非とも言いたい!
その感動が「手塚治虫作品だから」に直結していないかどうかを確かめて欲しいことと、もう一つは過去の偉人の作品だけでなく、パッ!っと出の新人の作品にも目を向けて欲しいということを。
「温故知新」をいつも心に・・・
以上
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2001年のゴールデンウィークを、皆さんはどうお過ごしでしょうか?
自分は、たまたま立ち寄った上新電機日本橋1ばん館4Fにて、Pioneer VSA-D10TX(\250,000-) が展示品特価の \79,800-(税抜き)で売っていたのを見て、居ても立っても居られなくなり、結局夏のボーナス一括払いで購入してしまいました。
でも、その購入した Pioneer VSA-D10TX が初期不良品で、AVセレクタ及び、アナログプリメインアンプ部分しか動作しなかったり、その現品交換は一週間後になったりとまぁ、いろいろあったゴールデンウィークでした。(苦笑)
さて、そんな最中に鑑賞してきました『バンパイアハンターD』。
ファーストインプレッションは、素直に面白かったです。
アニメーションは当然のことながら、マッドハウス製作の劇場版クォリティ。
音響も DOLBY DIGITAL で収録されていますし、鑑賞したのはいつものワーナー・マイカル・シネマズ茨木4番スクリーンですので、映像としてはたいへん満足のいくものでした。
次に物語の方ですが、これもたいへん自分好み。
多少、マーカス兄弟の減り方や、バルバロイの里の三人衆の減り方に抵抗があったのですが、まぁオーソドックスなストーリィを圧倒的なアニメーションクォリティで魅せる作品だと思いますので、これはこれで構わないのでしょう。
でも出来れば、こういったところも自分寄りであって欲しかったです。
そうすれば、もっとこの『バンパイアハンターD』を好きになっていたことでしょう。
何せ、今時珍しい、「現世で一緒になれぬなら、あの世で一緒になりましょう」てな話ですから。
しかもその「あの世」が、東尋坊の崖下や富士の樹海ではなく、ロケットで舞い上がる宇宙ですから・・・
たいへん懐の深い、ファンタジー作品だと思いました。
さてこの作品は、日米共同製作とのこと。
そのためかどうかは分かりませんが、自分が観た『バンパイアハンターD』は、前編英語で収録されていまして、画面下に日本語字幕が表示される仕様になっていました。
その結果自分の場合、目で字幕を追っている間に場面が展開され、作品に付いていけなかったこともしばしば。
またその反対で、ハイクォリティな映像に目を奪われている間に、読み終えてない字幕が次のものへ切り替わってしまったこともしばしば。
矢張り、台詞は目で読むものではなく、耳で聞きたいと思いました。
勿論これは洋画全般にいえることで、自分は「洋画を吹き替えで観てはいけない」という意見には反対です。
映像は、画も音も愉しめて、初めて映像だと思います。
さて話を『バンパイアハンターD』に戻しましょう。
面白かったのか? うん、面白かった。
ではもう一度観たいのか? ・・・どうだろう?
確かに、あの映像はもう一度観ておきたいが、あの物語をもう一度堪能したいか?と問われると、どうも首を縦に振りにくい。
どうしてだろう?
矢張りこの原因は、あの分かり易さにあるのではないのでしょうか?
物凄くオーソドックスな話ほど、何かしらの引っ掛かりがないと、凡百の作品に埋もれてしまうのではないか。
自分はいつも、そんなことを思っています。
その点『バンパイアハンターD』には、「ファンタジー作品にロケット」という、思いっ切りなギミックを持ち込み、大いに引っ掛かりを憶えさせてくれるので、決して凡百の作品には埋もれていないと思うのですけどね。
・・・結局のところ、日本語吹き替え(?)でもう一度観てみないと、『バンパイアハンターD』に対する自分の感想が、見い出せないでいます。
これに対して、「それは日本語字幕作品を見慣れていないからだ」という意見がありましたら、それは甘受いたします。
それからエンディングテーマ、Do As Infinity の「遠くまで」。
一緒に観た友人の一人は、「内容は面白かったけど、エンディングテーマはクソ」といっていましたが、自分は単純に良い曲だと思いました。
ですが、劇中のBGMとのギャップがかなりありましたので、『バンパイアハンターD』のエンディングテーマとしてはどうか?という印象を抱いています。
しかし、一緒に観たもう一人の友人は、「EDが日本語で不評のようでしたが 歌詞がそれなりに作品を意識したモノだったので 制作者サイドが考え抜いた結果だと思います。」とのこと。
ですが、歌詞は全くといっていいほど憶えていないので、この辺りの判断は保留にしたいと思います。
以上
ちょっとだけ、感想文を追加してみようと思います。
昨日(2001/11/03)放送の『林原めぐみの Heartful Station』に於いて、林原さんが『バンパイアハンターD』についてお話しされていました。
この作品はハリウッド録音だそうなのですが、何もいいこと尽くめではなかったそうです。
ロケットの打ち上げシーンでは、現地スタッフはバリバリといかにもロケットが上がっていくようなリアルなSE(効果音)を付けられたそうです。
ですが音響監督の三間さんは、このSEには泪するような音を付けたかったそうです。
ロケットの爆音が泣いているようなSEを・・・
そこでその想いを現地スタッフに伝えたそうですが、こういった日本的なニュアンスはなかなか伝わらなかったそうです。
そのまま赤子の泣き声を付けられたりとか・・・
それで三間さんは最終的に、イルカの鳴き声を持ってきて、あのロケットのSEに重ねられたそうです。
林原さんは、「こういった感性を持っている方と仕事ができて、とても幸せです」といわれていました。
そして、「こういった話をみんなに聞いて貰える場(御自分のラジオ番組の意)を持っていることも」と、続けられました。
自分もこういったお話を聞けて、良かったと思います。
矢張り「表現」というものは、上辺からではなく、内面から滲み出てくるものなんですね。
そして、こういった微妙なニュアンスをも享受しようと思えば、それこそ普段から、自分の心を豊かにしておくことが必要なのでしょう。
以上
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さて、連日の残業から、全く手を付けることが出来ませんでしたが、ようやく感想をタイプするゆとりが出てきました。
いやぁ~、ゴールデンウィークって本当にいいですね。(^^)
ですが、鑑賞したのはもう二週間も前の話になるので、多少の綻びは勘弁して下さいね。
それで、この特別篇の存在を知ったのは、WOWOWのTVCFが最初でした。
どんな映画でも少し売れるとすぐに、ディレクターズカットヴァージョンが出るのにはもうすっかり慣れていたつもりでしたが、まさかこんなにも早く出してくるとは・・・流石はメディアファクトリィー。
それにこの映画、内容が内容だっただけに、いったいどうなることやら?と思っていました。
何しろそのTVCFの映像は、恐らくは追加カットであろう、バスケットボールのシーンでしたから。
それで早速、『バトル・ロワイアル』のオフィシャルサイトへアクセス。
前売券・上映劇場情報から、ワーナー・マイカル・シネマズ茨木の名前を確認しました。
ところが、肝腎のワーナー・マイカル・シネマズ茨木のタイムスケジュールに、『バトル・ロワイアル』特別篇の名前はありませんでした。
かなり残念に思っていたのですが、直接ワーナー・マイカル・シネマズ茨木に足を運んでみると、なんと自分が訪れた次の週から、『バトル・ロワイアル』特別篇が上映されるではありませんか。
その時からもう、『バトル・ロワイアル』特別篇をいつ観ようかと、思案をし始めていました。
そして最初は、学生時代からの連中と一緒に観に行こうとしたのですが、お互いのタイミングがなかなか合わず、それは今度の『バンパイアハンターD』へと受け継がれました。
ということで今回、『バトル・ロワイアル』特別篇は、2001年 4月15日(日曜日)の深夜に独り、レイトショーで観てきました。
さてこの日、いつもの日曜日なら昼過ぎまで寝ているのが普通であるこの自分が、体内時計が壊れていたせいか、たいへん朝早くから目が覚めてしまいました。
そこで、新番組である『コメットさん☆』を、初めて拝見しました。
劇中、自分はずっと、主人公の声は坂本真綾さんだと思っていました。
ところが、エンディングテロップを見てびっくり。
主人公の声はなんと、『バトル・ロワイアル』特別篇で中川典子役を演じられていた、前田亜季さんではありませんか。
前回『バトル・ロワイアル』を観たときには、前田亜季さんの声が、坂本真綾さんのそれとは聞こえなかったのですが…
ということでこの日、この声の件も確かめに、『バトル・ロワイアル』特別篇を観に行こう!と、決心したのでありました。
それで『バトル・ロワイアル』特別篇。
いや、目を瞑ればもうそれは、坂本真綾さんの声そのものでした。
そのぐらい、本当によく似ています。
少なくとも自分には、二人の声を聞き分けることが出来ないでしょう。
また、前回観たときには、その凄惨な内容から目を見張る思いで観ていたのですが、今回はそうでもなかったですね。
人間の慣れとは恐ろしいものです。
そして、こうして落ち着いて『バトル・ロワイアル』特別篇を鑑賞すると、この作品は繰り返し鑑賞に耐えうる作品ではないことが見えてきます。
何しろ、前回の無印でも自分は分かり易い作品だと思っていましたが、今回の特別篇はそれに輪を掛けて、冗長なぐらいに分かり易くなっていました。
重要なカットは一瞬ポーズが掛かるし、繰り返し挿入される撮り下ろしのバスケットボールシーンは、日常的なこれまでと、非日常的な『バトル・ロワイアル』との較差を際立たせている。
また、あれほど荒れた学級を描いておきながら、件のバスケットボールシーンでは一部のキャラを除いて、クラスが一致団結しているシーンが描かれていまして、これまた現在の学校描写を際立たせていると感じました。
とにかく分かり易い。
他にも秋也の親友で、本作品のキーアイテムであるバタフライナイフの元々の持ち主の・・・ごめんなさい、役名が出てきません。
彼の回想シーンなど、どんどん対比を強調するような分かり易いシーンが挿入されています。
それから、どうしても言っておきたいのが、相馬光子の子供時代のシーン。
いやぁ~、簾頭のいかにもロリコン風なオヤジを出してきて、人形を裸にさせる。
そして案の定、相馬光子を脱がそうとして、階段の上から突き落とされて死亡・・・
この「オリジナリティ皆無」といっても過言ではないこの一連のシーンが、逆に『バトル・ロワイアル』特別篇のオリジナリティにまで高められているのではないかと思えるほど、徹底的に作り込まれています。
そして「走れ!」の後ろには、これまで新たに挿入されたシーンが、レクイエムとしてもう一度挿入される始末。
どうなのでしょうか、「この春、中学校を卒業した皆さん」は。
この映画をご覧になって、どう思われていますか?
分かり易くて良かったですか? それとも、そこまで説明されなくても良いと思われましたか?
そして、この映画から学んだことは、どんなことですか?・・・
この映画の真価が問われるのは、この映画を観た子供達からの感想次第だと思います。
以上
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先日入会したマイカルカードがようやく手許に届き、ワーナー・マイカル・シネマズ茨木の無料招待券が同封されていましたので、再びワーナー・マイカル・シネマズ茨木へと足を運びました。
ということで、『バトル・ロワイアル』に引き続き、今回は『狗神』&『弟切草』を観てきました。
前回と同じく、事前情報は殆ど仕入れていません。
前者は全く知らないですし、後者はCHUNソフトのSFC用ソフトぐらいしか知りません。
ですので、今回も世間に左右されない自分の粋な感想がタイプできたと思うのですが、いかがでしょうか?
さて今回鑑賞したのは6番スクリーンでしたが、前回鑑賞した3番スクリーンと、座席やスピーカ構成などは同じように見受けられました。
登場人物のその殆どが方言を話し、雄大な森林が劇場作品らしい大らかな俯瞰アングルで広がる絵作りは、非常に統一感があり、観ていて大変心地よかったです。
また、『バトル・ロワイアル』と同じくR-15(15歳未満鑑賞禁止)指定ということもあり、不自然にバストやニプルを隠すこともなく、これまた観ていてストレスを感じなかったです。
さて物語の方ですが、最初は台詞の殆どが方言ということもあり、理解しがたいかな?と身構えたのですが、そんなことは殆どなく、すんなりと理解できたつもりです。
その内容は、自分が思い描く典型的なジャパニーズホラームーヴィーだったのですが、前述の心地よい映像が加わることにより、流石は劇場用作品と納得しながら観ていました。
エンドロールから、栃木県や山梨県の山中を撮影していたそうですが、「これが本当に日本なのか?」と疑いたくなるほど山深いその森は、雰囲気充分。
CGなどでは絶対に味わえない、自然の豊かさを堪能できました。
しかしながら、観終えた後、もう一度観たくなったのか?というと、これはNOです。
輪廻転生ものというのは、どうしてもマンネリ傾向にあり、自分には一度鑑賞すれば充分というレッテルが拭えません。
そしてこの『狗神』も、残念ながらその範疇にある作品だと思います。
ですが、この『リバー・ランズースルー・イット』にも匹敵する自然の描き方は、一見の価値があったと思います。
さて、この作品の感想に入る前に・・・
まず自分は、所謂「3D酔い」をしやすい体質の持ち主です。
「3D酔い」というのを簡単に説明しますと、眼球からの情報と三半規管からの情報の不一致から、気分が悪くなることを言います。
他人の視線で撮影した映像をあとからモニタで観ると、視覚からは激しく動いている情報が流れ込んでくるのに対して、平衡感覚からは静止しているという情報しか流れ込んできません。
この時、自分の脳がこのバラバラの情報を処理し切れなくなると、その人は大変気分が悪くなります。
ですから自分は学生時代、自分で撮影したビデオの映像を後で観直しながら、いつも気分を悪くしていました。
またこれら以外にも、Genkiの『KILEAK,THE BLOOD』や『BELTLOGGER 9』といった、パイロットビューリアルタイムポリゴンゲームをプレイしながら、大変気分を悪くしていました。
さて、そんな自分が臨んだ映画『弟切草』。
はっきりいって、冒頭10分で音を上げてしまいました。
自分はすぐに音を上げてしまいましたので、いったい何十分続いたのかは判りませんが、この映画の前半しばらくはずーっと、主人公の一人である松平公平(斉藤陽一郎)の視線で映像が展開されていました。
しかも、ただ映像が展開されているだけではなく、その映像は主人公が劇中でDVCPROにて撮影した映像とリンクしています。
ですから画面には、もう一人の主人公、菊島奈美(奥菜恵)の横顔が映り続けていました。
こういった演出自体はさして珍しいものではないのですが、これを延々と続ける作品というのは、自分はこの『弟切草』が初めてです。
まだ終わらないのか?まだ終わらないのか?と心の中で呟きながら、出来るだけスクリーンを観ないよう、横を向いていました。
無料チケットで入場したのだから、このまま帰っても金銭的には損はしない筈なのに、根から守銭奴は劇場を跡にしない・・・
その間にも主人公カップルは、洋館の中を一部屋一部屋丹念に周り、壁に掛けられている人物画などを調べていきました。
勿論、アングルは主人公視線で。(ゲロゲロ)
この洋館の中を一部屋一部屋回るというシチュエーションに自分は、『弟切草』よりも『夢見館の物語』を思い浮かべていました。
特に、洋館の至る所に人物画が飾られているというところが、そのものだなぁと。
そうこうしているうちに、劇中にてDVCPROのバッテリィがなくなり、ようやく元の視点に戻りました。
さて、腰を据えて作品に臨むかな。と思いきや、まだ気分の悪さが尾を引いていましたので、それほどスクリーンに集中できませんでした。
で、なんだかんだでラストシーン。
公平は、エントランスの2階から転落死。
奈美は、燃え上がるアトリエでカンヴァスを描き殴りながら、洋館から抜け出すことはなく、庭には何事もなかったように弟切草の花が咲いていた・・・
この映像をモニタ越しに見詰める奈美。
「なかなか。じゃぁ、次、私が作ったエンディングいってみようか」
と言いながらクリックをすると、これまでの映像が高速巻き戻し。
2階から転落した公平が死んでいない。というシチュエーションからリスタート。
そして今度は公平が奈美を助け出し、庭から燃え上がる洋館を見上げる2人。
すると何者かが、奈美の足首をがっちりと掴む。
驚いて足許を見るとそこには、地中に埋もれた階沢蒼一の姿が・・・
この映像をモニタ越しに見詰める奈美。
「私、こんなの作ってない」
そして流れ出すエンディングテーマ、唄うは THE YELLOW MONKEY 。
またこの映像がカッコイイ。
いやぁ~、観始めた途端に「3D酔い」で気分が悪くなり、この映画をちっとも愉しめなかったのですが、この最後の数分間は大変愉しく鑑賞しました。
終わりよければ総て良し。
まさにそんな感じで自分は、夜のワーナー・マイカル・シネマズ茨木を後にしました。
という訳でこの映画も、もう二度と観たくない映画となりました。ちゃんちゃん
しかしながらこの作品、開き直りではなく、そのある種のチープさをもって意欲的にゲームを取り込もうとしていた、希有な作品であったと思います。
これまで、映画を取り込もうとしたゲームは数あれど、ゲームをここまで取り込めた映画は少ないのではないでしょうか?
特に劇中、映像を巻き戻して、違う行動を取った場合の映像が流れ始めるという演出は、この映画は初めてなのではないでしょうか?
ということで、「3D酔い」は平気という方にはこの映画、観る価値があると思います。
以上
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去る2001年 1月 1日(月曜日)、JT(日本たばこ産業 株式会社)茨木工場跡地に、マイカル茨木がオープンしました。
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