【Blu-ray】TVシリーズ『AIR』発売延期…
発売延期も残念ですが、アプコンに変更なしも本当に残念です。
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発売延期も残念ですが、アプコンに変更なしも本当に残念です。
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本当に残念!
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さて、AV Watch の「TVアニメ版「AIR」のBlu-ray Disc BOXが11月1日発売-特別編も収録で29,800円。新作オープニングも」 という記事によりますと、『AIR』Blu-ray Disc BOX の発売日や価格などが決定したそうです。
詳細は前述の記事にお任せするとして、少しだけ気になることをタイプしたいと思います。
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再放送で観直したTVシリーズ『AIR』(監督:石原 立也)はやはり、2005年の最高傑作でした。
本放送以後、映像クォリティだけでいえば、『AIR』を上回る作品はいくつかありました。
ですがこの『AIR』の物凄さは、総合力で他の追随を許しません。
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このイベントレポートが AV Watch の方に、「「東京国際アニメフェア 2006」が開幕-「AIR」のBlu-ray再生デモ。新作アニメ満載」としてアップされていました。
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TVシリーズ『AIR』(監督:石原 立也)はこの言葉で、幾度となく形容されてきました。
そしてこの形容は、伊達じゃない。
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先程、BSQR489で放送された『eXtendedMusic GrandCountDown 2005』にて、『AIR』「鳥の詩」(唄:Lia)が第1位を取りました。
この番組は、2005年に放送されたアニメーションの主題歌・挿入歌の中から行うカウントダウン番組です。
そこでも1位を取った「鳥の詩」。
もちろん自分も「鳥の詩」に1票を投じました。
あと、『ノン子とのび太のアニメスクランブル』でも、TVシリーズ『AIR』(監督:石原 立也)は1位を取っていましたね。
やはり2005年は、TVシリーズ『AIR』の年でした。
さぁ2006年は、どんな作品に出逢えるのでしょうか?
それでは、よしなに。(敬称略)
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またまた告知が遅くなったのですが、現在てりぃさんのところでは、BS-i版『AIR』の感想アンケートを絶賛開催中です。
放送中は当ブログにも、たくさんの方に訪れて頂きました。
第十一話放送直後にはなんと、たった1日で2,000(!)を超えるユニークアクセスがありました。
ですのでそんな方達に是非とも、このアンケート企画に参加して欲しいと思っています。
ちなみにこのアンケート企画は、BS-i版『AIR』単体のものではありません。
劇場版『AIR』をも含め、総合的にアニメーション版を中心とした『AIR』を分析していこうという、壮大な企画です。
しかもてりぃさんは職業柄(?)、こういった分析には長けていらっしゃるので、自分宜しく数字に弱い人には驚くこと請け合いです。
てりぃさんのことですから最終的には、原作ソフトの感想アンケートをも実施され、一連の『AIR』という"奇蹟"を総括されるものと期待しています。
ということで皆さん、アンケート企画への参加を宜しくお願いします。
それでは、よしなに。
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さていよいよ、泣いても笑っても最期のTVシリーズ『AIR』(監督:石原 立也)。
心配された台風14号(ナービー)による受信障害もなく、快適に愉しむことが出来ました。
出来たのですが・・・
「あめつち -universe-」のサブタイトルは、少しだけ大きすぎたかな?という印象が拭えません。
@nifty辞書で「あめつち」をひいてみると、
(1)大空と大地。宇宙。てんち。とあります。
「―のともに久しく言ひ継げと/万葉 814」(2)天の神と地の神。
「―の堅めし国そ大和島根は/万葉 4487」
さて話をアバンタイトルに戻しまして、まずは前編の続きから。
前編の凶悪な引きが、そのままこの後編のアバンタイトルになっていました。
あれだけ凶悪な引きなのだから、ここは当然、王道中の王道で来るのが定石だと思っていたら、本当に神奈はただ、柳也(CV:神奈 延年)にお手玉を見せに来ただけだった。(爆笑)
もちろんこのお約束には笑ったけど、これであの引きは詐欺だよぉ。(笑)
幼気な視聴者は例外なく騙されるって。(苦笑)
だけど後半には神奈の半裸シーンが割と長い時間用意されていて、なんだ、やれば出来るじゃないかという感じでした。
あと印象に残っているのは、柳也が過去を振り返るシーンです。
神奈と柳也の向こうに描かれた満天の星空が、本当に綺麗でした。
「これはトゥルーハイビジョン放送ではない」と頭では分かっているのですが、自分を魅了するこの背景には、最期の最期まで心を奪われってぱなしでした。
どんなに腕の立つ作家が言葉を重ねても、あの背景の美しさを言葉で伝えることは叶わないのでは?と思っています。
この『AIR In Summer』は、神奈と柳也と裏葉(CV:井上 喜久子)の三人が主役なのですが、四人目の主役は間違いなくあの背景でしょう。
台詞を話すわけでもないのに、こんなにも情熱を雄弁に語りかけてくる背景は、他の三人にも負けていないと思います。
あとは今回、キャラクタ同士の心の繋がりを意識することが多かったです。
それまで、山賊に対してのものだとばかり思っていた雲水の念仏を、神奈は一度柳也から話を聞いただけで、それは柳也のための念仏だと看取する。
これは神奈の一言で、長いこと報われなかった柳也が救われた瞬間でした。
柳也はずーっと神奈のことを守っていたのだけど、神奈だってきちんと柳也を支えている。
こういった心の繋がりがあるからこそ、『AIR』は男女愛のそれではなく、家族愛の物語なんだと思っています。
所謂「萌え」云々というのは、『AIR』のコアを構成していないんじゃないのかな?
そしてもう一つの心の繋がりは、神奈と観鈴の繋がりでしょうか?
神奈が今見た夢を語るシーンでは、1カットだけ、真夏の風に揺れるいくつもの大きな向日葵が映し出されていました。
『AIR』に於ける向日葵といえば、それはもう、観鈴のメタファ以外には考えられません。
観鈴は繰り返し夢を見ることで、1000年の時を超えて神奈を解き放ちましたが、実は神奈も観鈴の夢を見ていたのですね。
お互いに夢を見ることによって繋がっていく二人。
じーんとする、いいお話ですね。
さて、ラストシーンの、神奈の最後の台詞は、
さて、自分の2005年は、TVシリーズ『AIR』で始まりました。
観る者を魅了するその圧倒的なクォリティ。
映像も音声も物語もその何もかもが、まさに圧倒的。
自分がどのくらい圧倒されたかというと、このブログを本格的に稼働させ、毎週TVシリーズ『AIR』の感想を認めるようになったぐらいです。
当時、『AIR』を観ていた多くの人は、原作ソフトをプレイされていた方ばかりでしたので、その尺ギリギリまで詰め込まれた内容と、"信者"と呼ばれる人達をも唸らせる、桁違いの原作再現力ばかりが話題になっていました。
ですが当時の自分は、原作ソフト未プレイでした。
そのお陰なのか、物語の流れも早過ぎるとは感じませんでしたし、原作再現についても全く気にならなかったので、純粋にTVシリーズ『AIR』を一つの作品を観ていました。
それでも、掛け値なしに面白い!
往々にして、自分が面白い!と感じた作品は、多くの人には受け容れられず、逆に自分が詰まらない!と感じた作品ほど、より多くの人に受け容れられていました。
ところがTVシリーズ『AIR』は、本当に多くの人に受け容れられている。
ブログを通じてたくさんの人とコミュニケーションを取り、それによってTVシリーズ『AIR』に対する造詣が深まっていく。
この感覚がとっても嬉しかった。
今も当ブログでは、TVシリーズ『AIR』と同じ、京都アニメーション制作の『フルメタル・パニック! The Second Raid』(監督:武本 康弘)の感想を認めていますが、コミュニケーションを取っている人数や造詣に、そこまでのものはありません。
やはりTVシリーズ『AIR』は、一生に数回しか巡り逢えない、珠玉の名作なのでしょう。
何十年後になるかは分かりませんが、またTVシリーズ『AIR』のような作品に出逢えることを、愉しみにしています。
最後になりましたが、石原立也監督以下総てのスタッフの皆さんへ。
珠玉の名作をありがとうございました。
それでは、よしなに。(敬称略)
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さて、お知らせが遅くなったのですが、8月23日(火曜日)~9月22日(木曜日)の間、てりぃさんの特設サイトでは、「劇場版AIR」の第2回感想集計アンケートが行われています。
このアンケート企画は、てりぃさんが個人で行われているものなのですが、規模や内容的には、東映アニメーションや VisualArt's/Key が、リサーチ会社から購入しても構わないぐらいの立派なものです。
ですので、劇場版『AIR』(監督:出﨑 統)を少しでもご覧になったことがある方には、是非ともこのアンケート企画に参加して欲しいと思っています。
9月 3日(土曜日)の時点で、既に200を超える投票が集まっています。
これだけの数が集まれば、作品と鑑賞者による傾向が、かなり見えてくると思います。
このアンケート結果によって、劇場版『AIR』に対する造詣は、間違いなく深まることでしょう。
そしてそれを更に深めるものが、これからあなたが投じる一票なんだと思います。
それでは、よしなに。(敬称略)
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ということでやって来ました、『AIR In Summer』(前編)「やまみち -mountain path-」。
ちょうどこの二週間は、『フルメタル・パニック! The Second Raid』(監督:武本 康弘)の放送がお休みということで、まるで狙ったかのように、『AIR In Summer』(監督:石原 立也)の二週連続放送です。
さて、総集編後の[特報]映像や、各雑誌に掲載されていた『AIR In Summer』に対する石原監督のコメントから、自分はてっきりギャグ一辺倒で迫って来るかと思っていました。
ところが・・・
ギャグももちろんふんだんに盛り込まれていたのですが、それ以上にきちんと『AIR』が盛り込まれていました。
他の作品によくあるような番外編的なものではなく、本編内にある一つのエピソードを詳細に描いた、まさに本編そのものといった出来映え。
こういった本編に即した特別編もあるんですね。
それにしても、餅を喉に詰めた神奈(CV:西村 ちなみ)のゴロゴロが、とっても可笑しかったです。(^^)
また、バック(背景)の美しさも健在でした。
カメラが引いたときに、神奈の十二単がフリッカを起こしているところから、やはりトゥルーハイビジョン放送ではないことが判るのですが、それにしてもこの映像は息を呑むほどに美しいです。
夕焼けの美しさもさることながら、この竹林の緑の目映さは、筆舌に尽くしがたいです。
それこそ竹林独特のあの香が、こちらまで漂ってきそうな美しさでした。
また聴き覚えのあるBGMが、心に染み入ります。
TVシリーズ放送時に、「BGMだけで脊髄反射」という意見をよく耳にしたのですが、当時PlayStation2『AIR』未プレイの自分には、その感覚がよく掴めませんでした。
ですが今回、こうして久し振りにこのBGMを耳にすると、それだけでもう、安心なんですよね。
「あぁ、『AIR』だよなぁ」と。
それこそ、圧縮Bモードステレオ放送でないのが、残念で堪らないくらいに。
どうしてBS-iは、圧縮Bモードステレオで放送しないのでしょうか?
話が前後しますが、音繋がりでいいますと、オープンエンドの曲はそのままでしたが、映像は『AIR In Summer』バージョンが用意されていて、とっても嬉しかったです。
特にエンディングのそれは、本編最終回のエンディングにも重なっていて、実に良かったです。
しかしだなぁ、この「やまみち -mountain path-」の締め方は、かなり惹かれる終わり方でしたね。
というか、あれはかなり凶悪な締め方だ。(笑)
次回(後編)「あめつち -universe-」にも、大きな期待を寄せています。
それでは、よしなに。(敬称略)
P.S. しかし、相変わらずの長い長いCMパートには興醒めです。 だけど、『巨泉のクイズダービー』には、ちょっと心揺れ動いたかも。(苦笑)
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さて、一つ前のエントリで話題にしていた「鳥の詩」(唄:Lia)ですが、本日のラジオ関西青春ラジメニアの7曲目に、フルコーラスで掛かりました。
青春ラジメニアで、許諾取得エピソードを何もいわずに掛かったところから、「鳥の詩」はJASRAC登録曲だったのでしょうか?
自分はてっきりJASRAC非登録曲のため、リクエストが多くてもすぐには掛からないものと思っていました。
特に青春ラジメニアでは、曲を掛ける段になってからその曲の詳細を調べ始めることが多く、JASRAC非登録曲は余計に遅くなる印象があります。
さて、番組内では触れられなかったのですが、これはラジオ関西賞の対象曲となるベスト5に含まれていたのでしょうか?
自分としては、非常に気になるところです。
果たして、「鳥の詩」の生唄を聴くことが出来るのか?
それでは、よしなに。(敬称略)
P.S. やっぱりドクロちゃんに票は集まらないか…
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京都アニメーションのウェブページを拝見していますと、トップページに、コレクターズセルアルバムの宣伝がありました。
石原立也監督が第1話からチョイスした5カットが豪華なアルバムになっているそうですが、これはいったいお幾らになるのでしょうか?
こういったコレクターズアイテムは得てして高い物と相場が決まっているので、自分には手が出せなさそうですが、誰か買わないかな?・・・
ということで、"使徒"を標榜するてりぃさん!
ここは一つ、いっときませんか?(^^)
7月17日(日曜日)から「KYOANI Shop!」で、ネット販売開始だそうです。
期待しています。
2005/07/17(Sun) 追記
さて、早速「KYOANI Shop!」を覗いてきたのですが・・・
こりゃぁ、守銭奴の自分はもとより、多くの"使徒"の方も、おいそれとは手が出せないでしょう。
と思ったら、17日の22:45現在、観鈴のは殆ど売り切れていますね・・・流石は"使徒"。
この調子だと、完売するのも時間の問題ですね。
そして、観鈴に負けるとも劣らない人気を誇る神奈のコレクターズセルアルバムが出た日には、それこそ瞬間沸騰宜しく、完売されることでしょう。
恐るべし、鍵っ子!
それでは、よしなに。
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さて、エントリが遅くなったのですが、てりぃさんによりますと、2005年 9月 1日(木曜日)に、ベスト版のPlayStation2『AIR』が発売されるそうです。
価格は税込み定価¥3,129-・・・
安いっ!
おいらなんて今年のゴールデンウィークに、¥6,521-で購入したんだぞ。
しかもてりぃさんによりますと、PlayStation2『Kanon』のベスト版には、追加機能があったそうな。
ですので、今回のPlayStation2『AIR』のベスト版についても、何らかの追加機能が期待できるそうです。
・・・もしかして、PlayStation2『AIR』を購入するの、早まったかな?(^^;
それでは、よしなに。(敬称略)
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さて今回の『アニクリ2005』は、TVシリーズ『AIR』から石原立也監督がご出演ということで、このエントリをアップします。
それでまず最初に、声を大にしていっておきたいことは、この画質の体たらくさです。
素人目に見ても、ホームビデオで収録した映像を、16:9ワイドに引き延ばしているのが丸分かりです。
BS-iのオリジナル番組がこんなので、本当にいいのでしょうか?
また、向井アナウンサーの質問の仕方が・・・歯に衣着せぬいい方をすると下手なので、ゲストの方から、なかなか良いコメントが得られていません。
その取り上げる作品に対する知識だけではなく、当意即妙な質問の仕方にも、取り組んで欲しいと思います。
さて、内容について。
TVシリーズ『AIR』夏・特別編は鋭意制作中とのことでしたが、2005/06/24(Fri)放送のBSQR489『PONY CANYON STYLE まるなび!?』にゲスト出演された、井上喜久子17歳ですおい!おい!さんによりますと、既にアフレコは終了したとのこと。
日経キャラクターズ!no.07 P139にある、京都アニメーション代表取締役 八田英明氏のインタビューによりますと、京都アニメーションの作品はどれも、アフレコ時にはきちんと映像を用意されているそうです。
しかもこれが京都アニメーションでは、普通の作り方だそうな…
ですので、夏・特別編は自分が思っている以上に、制作が進んでいるようですね。
というか、もしかしてもう、完成しているとか?
またこうして、オリジナルの『AIR』に惚れ込んでいる方が監督をされたからこそ、TVシリーズ『AIR』は、オリジナルの『AIR』ファンの方にも、受け容れられたのだと思います。
こういった作り手がもっともっと増えていかないことにはこの先、アニメーション作品の工業製品化に、歯止めが掛からないと思います。
これは自分が勝手に思っているだけですが、その作品に関わるのであれば、せめてその作品のことを好きでいて欲しいなと…
ラジオを聴いているとよく、その作品について何も知らないのに、その作品に携わっている方がいらっしゃるんですよね。
そんな悪貨に、石原監督のような良貨が駆逐されないことを祈ります。
それでは、よしなに。(敬称略)
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<音泉>内で好評配信中の『川上とも子のうさぎのみみたぶ』#348にて、『AIR』の神尾観鈴と『Kanon』の倉田佐祐理と『成恵の世界』の天堂 蘭の三人による、「パンツの唄」の輪唱を聴くことが出来ます。(爆笑)
これは観鈴ファンにも、佐祐理ファンにも、蘭ファンにも、とも蔵ファンにも必聴です。(笑)
なお、この#348は、2005/06/21(Tue)に#349へ更新されますので、興味のある方はお早めに。
あと、この#348でとも蔵さんから、2005/06/18(Sat)21:00~CX(フジテレビジョン)系列で放送される『ザ・リング』(監督:ゴア・バービンスキー)を薦められたのだけど・・・
これって堀江由衣さんが、貞子的な役で吹き替えられたものですよね?
どうしようかなぁ~これまでに面白いホラー物に、当たったことがないんだけどなぁ。
ですがこの『ザ・リング』は、地上デジタル放送であれば、ステレオ二カ国語放送ながらトゥルーハイビジョン放送。
どうしようかなぁ~
さて、取り敢えず、観るには観たのですが・・・
やっぱりホラー物はダメ、これが面白いとは思えない。
このDVDを購入して、何度も繰り返し観る人って、いったい何が愉しくて観ているのでしょう?・・・
自分には手の届かない世界が、そこには広がっていました。
ですが自分は、最後までこの『ザ・リング』を観ました。
それは何故かというと、井上喜久子17歳です。おい!おい!さん(オフィスアネモネ所属)の、素晴らしい演技があったからです。
昔から、喜久子さんにこういった芝居をさせればピカイチ(死語)だということは解っていたのですが、最近の喜久子さんが演じられる役といえばどれも、おっとりとしたお姉さんの役ばかり。
はまり役といえばその通りなのですが、喜久子さんの本領を発揮した役になかなか巡り会えないことに、隔靴掻痒の思いを抱いていました。
ですが今回の喜久子さんの役は、そんな自分の思いを吹き飛ばしてくれました。
観る者の頭にではなく、心に訴えてくるこのお芝居。
自分はこれこそが喜久子さんの、真骨頂だと思います。
これからも喜久子さんには、こういった役も演じて欲しい。
そんなことを感じた、今回の『ザ・リング』でした。
それでは、よしなに。(敬称略)
P.S.誰もとも蔵さんに、「ノシ」の意味を教えて上げないのだろうか?…
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いやぁ~、すっかり美凪(CV:柚木 涼香)にやられてしまいましたよ。(苦笑)
おはこんばんちは!なんて今や、『青春ラジメニア』のテレフォンサービスぐらいでしか、お耳に掛かりませんからね。
しかし、これで笑っているようでは、自分の笑いレヴェルの低さが知れてしまいますね。
ということで、たいへん歩みが鈍いのですが、PlayStation2『AIR』をプレイするにはしています。
しかしながら、バック(背景)の使い回しが非常に気になります。
特に、佐久間リサイクルショップでのバイトで立ち寄った、川内さん家(だったと思う)の玄関前。
いくら何でも、幾度となく登場する神尾家の玄関前のバックを使い回すというのは、どういうことなのでしょうか?
あれなら、こちらのイメージを阻害しない分、黒一色の画面で進められた方がよっぽどマシです。
自分はこれだけでももう、充分にクソゲー認定対象なのですが・・・
ですが、こういったことをいうとまた、以前あった指摘が繰り返されると思われるので、もう少し補足させて下さい。
以前、やんさんが仰っていた「(画面)情報をコンセプチュアルにとらえて、文章をベースに脳内で無意識に再構成」というくだり。
文章をベースにしているのだから、神尾家の玄関前のバックを使い回すことぐらい、どうということはないのかも知れません。
ですが、自分のこれまでの経験からすると、これは単なる"手抜き"にしか見えません。
例えこの使い回しにより、PlayStation2『AIR』の他の部分が充実していたとしても、そもそもこんな使い回しをすること自体がもう既に、このソフトの制作体制が破綻しているように見えます。
この意見に対しては、反論が多数おありのことだと思います。
ですが、繰り返しなりますが、自分のこれまでの経験から、この使い回しは自分の許容範囲を超えています。
ですので逆に、これを許容できた人にお訊きしたい。
これまでに、どういったソフトをプレイされてきましたか?
また、自分の許容できないという意見に対しては、どう思われましたでしょうか?
これって自分の経験が少なく、キャパシティが小さいだけなのかな?
Dreamcast『Kanon』のときには、そんなに気にならなかったのになぁ…
それでは、よしなに。(敬称略)
P.S. 往人(CV:緑川 光)の関西弁が気になるのですが、あれはネイティヴではない往人が、無理矢理関西弁を話しているという設定ですよね?
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京都アニメーションの掲示板によりますと、2005/06/24(Fri)01:00~放送予定のBS-i『アニクリ2005』に、TVシリーズ『AIR』から石原立也監督がご出演されるそうです。
TVシリーズ『AIR』関連のゲストとしては、召還獣アラターニ・・・もとい、キャラクターデザイン・総作画監督の荒谷朋恵さん以来ですね。
石原立也監督の登場回を、愉しみにしています。
それでは、よしなに。(敬称略)
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先日来、OLD Dancer's BLOGの「宅配事故?」のコメントにて、AVG(アドヴェンチャゲーム)に関するディスカッションが、活発に行われています。
繰り返しますが、エントリそのものではなくコメントにて行われています。
ちなみに自分は、こちらで皆さんに脅されて勧められて、PlayStation2『AIR』(2002 VisualArt's/Key/NECインターチャネル)を購入した次第です。
さて、ディスカッションが活発に行われた結果、浅学の自分には手が届かない話になってきました。
そこで仕切り直しというか、自分もディスカッションに加わるべく、新たに、自分の手が届く範囲でエントリを認めてみようと思います。
ということでこのエントリをお読みになる前には、非常に長いのですが、まずは「宅配事故?」のコメントをお読み下さい。
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まず、最初に。
自分のAVG(アドヴェンチャゲーム)に於けるリファレンスソフトは、いわずと知れた窮極のファミコンソフト『METAL SLADER GLORY』(1991 HAL LABORATORY INC.)です。
このソフトを発売日に購入してからというもの、しばらくはこのソフトを凌駕するAVGに、お目に掛かることはありませんでした。
その後、ようやく凌駕するAVGが現れたなと思えたのは、『白詰草話』(2002 Littlewitch Inc.)でした。
その間、実に11年…
このソフトに実装されたFFD(Floating Frame Director system)によってAVGはようやく、バック(背景)にキャラクタ(人物)とメッセージウィンドゥ(吹き出し)を重ねてという従来のフォーマットからの脱却を、図れることとなりました。
なお、下のセパレータライン以降は、多くのAVGに対する毒舌が続きますので、心の広い方のみ読み進めて下さい。
また事実誤認などがございましたら、遠慮なくご指摘下さい。
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TVシリーズ『AIR』(監督:石原立也)でその技術力の高さを示し、ファンの間のみならず、業界内にもその名を轟かせた京都アニメーション。
その京都アニメーションが2003年に制作したTVシリーズが、今回紹介する『フルメタル・パニック?ふもっふ』(監督:武本康弘)です。
この『フルメタル・パニック?ふもっふ』全12話がこの4月から、CINEPLEX@niftyのバンダイチャンネルにてネット配信されています。
しかも第1話「南から来た男」&「妥協無用のホステージ」は無料配信!
無料ということで早速自分も、第1話を拝見したのですが、全編にわたってコミカルな京都アニメーションが全開で面白かったです。
先日、BS-iで放送された『AIR In Summer』の[特報]映像からも分かるように、こういったコミカルな作風は、京都アニメーションの特徴の1つといってもいいでしょう。
『AIR』だけが京都アニメーションではない。
この『フルメタル・パニック?ふもっふ』は、そんな京都アニメーションの懐の深さを感じることが出来る作品だと思います。
また、第2話以降が有料配信とはいえ、全12話を鑑賞しても¥840(税込み¥882)と、たいへんリーズナブルな価格設定です。
『AIR』で京都アニメーションに興味を持たれた方には、是非お薦めです。
しかしながらこのネット配信、問題がない訳ではありません。
自分が一番不満を感じたのは、配信ビットレートの低さです。
このCINEPLEX@niftyのバンダイチャンネルではどの作品も、500Kbpsないしは1Mbpsでしか配信されていません。
自分は普段からフレッツ・スクウェアにて、3Mbpsでプレミア配信されている『SEED120%!』を鑑賞しているため、1Mbpsではどうしても見劣りしてしまいます。
もちろん『SEED120%!』は、フレッツ・スクウェアへの強力な客引きですから、他のネット配信番組と同列に並べることは出来ません。
ですが、一視聴者の立場からすると、「有料でもこの程度か」という感覚は拭えません。
CINEPLEX@niftyのバンダイチャンネルには、より高画質より高音質な有料(優良)コンテンツへと発展することを、期待します。
それでは、よしなに。(敬称略)
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これまでの総集編といえば、本当にただ本編を纏めただけで、毎回欠かさず観ている者にとっては詰まらないというのが、定番でした。
ですが『AIR』(監督:石原立也)のそれは、非常に面白かったです。
これはやはり、あのアニメーションクォリティがあったからこそだと思います。
良い映像は、何度観ても飽きないですからね。
それから、原作ソフトプレイ済みの方の多くが違和感を感じていた、オープニングテーマ「鳥の詩」。
未プレイの自分からすると、今回エンディングで流れたヴァージョンの方が、違和感ありです。(^^)
いつもの調子で口ずさんでいると、つまることしばしば。
この辺りは慣れの問題だと思います。
そして、視聴者の誰もが驚いたのは、エンディングの後に放送された、『AIR In Summer』の[特報]映像ですね。
今夏に特番が放送されることは事前に聴いていたのですが、まさかこんなにも映像が出来ているとは思いませんでした。
しかも全編新作カットで、台詞まで入っている・・・
すいません、この『AIR In Summer』の製作作業は、いったいいつからスタートされていたのでしょうか?
アフレコはこの[特報]映像分だけなのでしょうか?
それとももう、プリレコで完了しているとか?…
いずれにしましてもこういったところから、この『AIR』がいかに余裕を持って制作された作品なのかが分かりますね。
愉しい作品をありがとうございました。
『AIR In Summer』も期待しています。
さて今回は総集編ということで、これまでに自分が主に参照していたブログを、纏めてみようと思います。
以下のブログは、自分のお気に入りに登録して巡回していました。
このリストは、順不同&敬称略です。
「やねしん」のさろん やね日記
Cosi Cosi
OLD Dancer's BLOG
Phantom Moon
アニメ見てますか?....見切れませーん。
いぬ日記
せおっこのなんでもないことをかきとめるばしょ
ナナメから見ている
ひまログ ~ひまつぶし的ブログ~
ゆかねカムパニー2
異常感想注意報
京都の最果てにて謳い呟くダメ人間
吾がココロの友
店長情報局
萌え店長のダメ人間成長記
毎日がEveryday +Resolutions+
ゲーム・アニメ感想
今日のブログ 明日のグラブロDESTINY
墓石日記
ありがとうございました。
それでは、よしなに。(敬称略)
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ハイクォリティな夏の特番に引き続き、京都アニメーションによる『AIR』がまた観られる。
しかも今度はそれを、劇場の大スクリーンで!
自分は今、この嬉しさを一人で噛み締めています。(^^)
ニュースソースは映画情報誌、月刊エイプリルワンです。
個人的に、前の劇場版は残念な結果に終わってしまったのですが、今回は京都アニメーション制作ということでもう、すっかり安心しています。
しかも今回は、京都アニメーションとしては初となる、HD24p制作だそうです。
音響については記載されていませんが、映像がHD24pなら、音響はSDDSぐらいにはなるでしょう。
期待しています。
さて、気になる公開日は、2006年の夏の予定。
神奈と観鈴のあの夏がまた、再び…
P.S.今日は何の日でしょうか?(^^;
ということで、エイプリルフール企画はお楽しみ頂けたでしょうか?
てりぃさんに至っては、わざわざ新しいエントリを立てた上でTBを戴きまして、誠にありがとうございます。
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最終話をもって『AIR』は、これを具現化しました。
悪い意味で"伝説"となった作品は数あれど、こんなにも良い意味で"伝説"となった作品は数少ないと思います。
さて、自分は原作ソフト未プレイのため、その原作再現度の高さを享受することが出来ません。
ですが皆さんの感想を拝見しますと、未プレイの方はもちろんのこと、プレイ済みの方からも、多くの賞賛の声が上がっています。
奇しくもそれは、劇場版『AIR』(監督:出﨑 統)のそれとは、真逆の様相を呈しています。
プレイ済みの方なら誰しも、『AIR』が映像化されるとこうなるだろうと、勝手な想像をしていたことでしょう。
そしてその想像は各人に最適化され、各人にとってのベストイメージがそれぞれにあります。
この各人が自由に思い描いたそれぞれのイメージを、たった一つの映像作品で満足させていくためには、それこそ各人が思い描いたイメージの十倍…
いや、百倍を超えるエンタテインメントをぶつけていかないと、それは叶わぬことでしょう。
何しろ、人の想像力は無限大ですから…
ですがこの『AIR』の最終話は、多くの人から、賞賛の拍手をもって迎えられました。
それも、何かが突出しての賞賛ではなく、全体としての賞賛です。
総合芸術である映像作品が、その総合力をもって評価されているのです。
そのことをこうして伝えることは、自分にもできるぐらい簡単なことです。
ですが『AIR』はそれを映像作品で、それも斜陽産業といわれて久しいアニメーション業界内のビジネススキームで、実現してみせました。
これはもう、"伝説"と呼んでもいいと思います。
さて、原作ソフト、TVシリーズを問わず、ゴールシーンからラストまでのくだりについては、様々な解釈があるようですね。
ということで、自分なりの解釈というと大袈裟ですが、TVシリーズを通して自分が感じたことを、ここに認めようと思います。
自分が思う『AIR』のメインストーリーは、観鈴(CV:川上 とも子)が往人(CV:小野 大輔)と友達になろうとしたことを起点とし、晴子(CV:久川 綾)と本当の母子になったことを終点としています。
つまり、友達がスタート、親子愛がゴールという解釈です。
1000年前云々は大きな土台であり、決してメインストーリーではないと捉えています。
その上でゴールシーンの後、晴子の回想シーンが明けると、カメラは枯れた向日葵と鰯雲(巻積雲)を捉えていました。
向日葵が夏の季語、鰯雲が秋の季語なのからも判るように、これは夏が終わりを告げたということですね。
つまりはこれは、一夏を駆け抜けた『AIR』というストーリーが終わりを告げたということになります。
またこの鰯雲、自分の眼にはスチール写真に見えます。
他にも敬介(CV:津田 健次郎)が仰ぎ見るもつれ雲(巻雲)も、スチール写真ではないのでしょうか?
そのあと晴子がそら(CV:小野 大輔)に、「あんたは飛ぶんや!翼のないうちらの代わりに」というのは、視聴者に向けての「飛ぶんや!」ではないのでしょうか?
晴子たち翼を持たない『AIR』の住人に、『AIR』という箱庭世界から飛び出すことは叶いません。
ですが翼を持つ視聴者の我々には、『AIR』という箱庭世界から飛び出すことが出来る。
そしてそらという男性視点は、大空に向かって飛び出し、スチール写真の向こうにあるであろう、現実世界へと帰っていった。
新しい始まりを迎えるために。
我が子よ、よくお聴きなさい。
これからあなたに話すことは、とても大切なこと。
私達がここから始める、親から子へと、絶え間なく伝えていく、長い長い、旅のお話なのですよ…
私達は星の記憶を継いでいく。
この星で起こる総ての事象を見聞き、母から子へと受け渡していく。
星の記憶は、永遠に幸せでなければなりません。
憎しみや争いで空が覆い尽くされた時、この星は嘆き悲しみ、総ては、無に帰すでしょう。
いつの日か、滅びの時を迎えること。
それも避けようのない結末。
けれど最後は、星の記憶を担う最後の子には、どうか幸せな記憶を…
この第一話の冒頭にもあったメッセージ。
読み聞かせているのは、観鈴役の川上とも子さんですね。
正直にいいますと、あの映像とも相俟って、リテラシの低い自分は、このメッセージを理解し切れていません。
これは他の方の感想を拝見しながら、ゆっくりと咀嚼していこうと思います。
そしてオーラス。
「この海岸線の抜こうに何があるのか?」
「彼等には過酷な日々を… そして僕等には、始まりを… さようなら…」
これは少年(CV:矢島 晶子)が作り手の代表、少女(CV:野中 藍)が女性視点なのかな?と思いました。
海岸線の向こうには現実世界があり、そこへ確かめに行こうと。
彼等、つまり『AIR』の住人には、これから過酷な日々が与えられます。
そして僕等、つまり現実世界の住人には、『AIR』を観終えた直後から、現実という時間が始まります。
さようならをした作り手の少年は、女性視点である少女と手を繋いで、海岸線の向こうへと歩いていきます。
そしてその少女は、『AIR』のタイトルロゴに重なる。
タイトルロゴといえば、視聴者が作品と向き合ったとき、一番最初に眼に飛び込んでくる玄関のようなもの。
その玄関にまで、女性視点を送り届けた作り手。
『AIR』に限らずフィクションの創造主は、少しでも居心地の良い箱庭世界を作り出し、それを受け手に提供しようとします。
だけどそれは、そのフィクションに永住して欲しいのではありません。
受け手には、一時のエンタテインメントを、享受して欲しいのです。
愉しみ終えた後は後腐れなく、リアルワールドへ戻って欲しいのだと思います。
何故なら人は、逆立ちをしても絶対に、リアルワールドなしでは生きられないのですから。
『AIR』の最終話は、居心地の良いフィクションから、明確にリアルワールドへ戻ることを表現しているように感じました。
そのためのスチール写真であり、そのためのリアルな海岸線表現であると感じました。
そう考えると、過剰とも思える晴子の「飛ぶんや!」演出だって、晴子が明確にフィクションの住人であることを、表現していたのではないのでしょうか?
ここまでタイプしていて思ったのですが、もしかするとTVシリーズ『AIR』は、伝説でもまだまだ、役不足かも知れません。
これはいわずと知れた、『グラディウスIII』(1989 KONAMI)のサブタイトルです。
神懸かりしTVシリーズ『AIR』は今、"神話"となった・・・
それでは、よしなに。(敬称略)
P.S. TBポリシーについては、こちらを参照して下さい。
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» 観鈴は何と言ったのか (「AIR」最終話 そら - air -) トラックバック たこーすけの、ちょろっと感想
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自分はこれまで、数え切れないほどたくさんの、感動できる作品を観てきました。
ですがその感動の多くは、どうやら感動'的な'シーンによってもたらされていたようです。
例えばクライマックスで大切な人が亡くなったり、例えばラストシーンで大どんでん返しが待ち受けていたり…
だけどそれらは、「こういったシーンは泣けるよね」と、頭で受け止めていた感動ではなかったのだろうか?
本当の感動とは、頭ではなく心で感じるものではないのだろうか?
では、心で感じる感動とはいったい?…
今回の第十一話「うみ -sea-」は、まさしくその問いに対する答えのようでした。
アバンタイトルの観鈴(CV:川上とも子)とその枕宜しく、着替える晴子(CV:久川 綾)の横顔は、瞳にフォーカスが当たり、耳などがぼけているところから、カメラがワイドに寄っているのが判ります。
そしてカメラが切り替わると今度は、テレに寄って神尾家を見下ろしています。
左の部屋には日の当たる観鈴が、右の部屋には日の当たらない晴子がいて、お互いに会話をしています。
橘の家に戻らなくてもいい、ずっと神尾のままでいいと。
これは神尾の方が暗い選択であるという、メタファなのでしょう。
それともう一つのメタファは、真夏の大空を行く白い鳥でしょうか。
観鈴が「私一人で頑張る」といった次のカットでは、一羽だけで飛んでいました。
だけど晴子に、「勝手に帰り、アホ!」といわれた次のカットでは、一羽をもう一羽が追い掛けているように飛んでいました。
そして最後、敬介(CV:津田健次郎)の許へ観鈴を送り届ける晴子の一つ前のカットでは、二羽が並んで飛んでいました。
この二羽の白い鳥に、晴子と観鈴の姿を重ねるのは、穿ちすぎた見方でしょうか?
縁側で、観鈴の髪を切り揃える晴子。
前回の次回予告で、ミディアムカットの観鈴の姿を観ていたので最初、晴子が毛先をちまちまと切り揃えているのが、いたく不自然に見えていました。
ところが、誤って切りすぎた髪の釣り合いを取るうちに、どんどんと短くなっていく観鈴の髪…
最後には、そら(CV:小野大輔)もびっくりするぐらいのミディアムカットが出来上がっていました。(笑)
そんな母子の日常を描いた微笑ましいシーン。
かと思いきや、次の観鈴の台詞に自分は、この観鈴のミディアムカットの意味を痛感させられました。
「なんか小さな子供に戻ったみたい…お母さんの子供」
これまで一つ一つ積み上げてきた晴子と観鈴の母子関係を崩してしまう、この一言。
ですがそれを受けて晴子は、「ここからやり直そう、二人でやり直そう」という。
更に晴子は、観鈴の「ぶぃ!」を同じく「ぶぃ!」で返す。
それは、これまで送り出す一方だった観鈴のVサインが、初めて観鈴の許へ返ってきた瞬間でした。
ミディアムカットやVサイン。
名作に無駄なシーンやカットは一つもない。
そんなことは百も承知のつもりでしたが、それをこうも鮮やかに魅せられると、それは'驚き'を通り越して'感動'に繋がります。
ミディアムカットに子供に戻る意味を重ね、Vサインに意思疎通の意味を重ねる。
だけどその夜、観鈴は「お母さんの笑顔を、絶対に覚えているから…」といい残して眠りにつきます。
そして次の日の朝から、観鈴の記憶の後退が始まります。
「誰? おばさん、誰?」
第十一話から一晩経った今は、こうして落ち着きを取り戻していますが、リアルタイムでこれを観ていたときには、このあたりからもう、作品を冷静に受け止めることは出来ていませんでした。
自分はすっかり、『AIR』の虜になっていました。
武田商店前の、晴子、観鈴、敬介の三つ巴シーン。
観鈴の「ありがとう」を遮って晴子が割り込んできたところでは、観鈴と敬介は日陰に位置し、晴子だけが日向にいる。
冒頭の神尾家とは、逆のメタファになっているところが興味深いです。
つまりこのときは、橘家よりも、神尾家の方が明るいということなのでしょう。
そしてバックには、その両者を分け隔てるようにして、大きな入道雲(積乱雲)が鎮座している。
晴子の必死の訴えをも掻き消してしまいかねないような、そんな大きさの入道雲が…
それはまるで、敬介の意思を代弁しているかのようでした。
だけどこのシーンのラストでは、晴子の嘆願に根負けした敬介のように、この入道雲が小さくなっていました。
『AIR』では、第一話からずっと背景に魅せられていましたが、この雄弁に語りかけてくる背景は、第十一話になってもなお、衰えることを知りません。
さて、母なる海をバックにしたラストシーン。
波打ち際での観鈴の絶叫。
最初、無音で泣き叫ぶ観鈴の映像の繰り返しには、こちらで勝手に、とも蔵こと川上とも子さんの芝居を重ねていました。
ですが最後のカットで、潮騒を超えて飛び込んできたとも蔵さんの泣き叫ぶ声は、その自分の想像を遙かに超えていました。
その声は紛れもなく、母を求める観鈴の絶叫そのものでした。
そして、掛かる波飛沫をもろともせず、「うちがあんたのお母さんや」といって、観鈴を優しく抱き締める晴子の姿…
このときの晴子は、そらにいわれるまでもなく、誰が見たって観鈴のお母さんだよ。
心にしみる感動。
自分にはそれ以上の言葉が、思い浮かびません。
以前、『AIR』屈指の名シーンなんて言葉を第九話に対して用いたのですが、今回はそれを更に上回ります。
『AIR』の名シーンを挙げていったら、両手の指では足らないです。
さて次回予告。
抜けるような青空をバックにして、画面中央に持ってきた
"最終話「そら -air-」"の文字。
柳也(CV:神奈延年)や往人(CV:小野大輔)の想いを受け継いだカラスの名と、作品タイトルそのものを併せ持つこのサブタイトルには、いい知れない力を感じます。
そしてこれまで、右下にクレジットされていたサブタイトルを、画面中央に持ってきたところからも、この最終話に対する作り手の意気込みや自信を感じずにはいられません。
この『AIR』だって他の作品と同じように、翼人伝承会という製作委員会を組織して資金を集め、それで映像を製作し、その映像の関連商品を売って儲けようという、作品の筈。
なのに『AIR』は、他の作品とは一線を画しています。
演技がどうとか、作画がどうとか、背景がどうとか、監督がどうとか、予算がどうとか、スケジュールがどうとか、売上がどうとか、そういったものを超越したところに『AIR』は存在している。
作り手の想いが宿りし『AIR』は、マーチャンダイズに組み込まれていながらも、その枠組みを超えているのかも知れません。
'商品'ではなく、こんなにも素晴らしい'作品'に出逢えたことに、心から感謝します。
それでは、よしなに。(敬称略)
P.S. TBポリシーについては、こちらを参照して下さい。
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<音泉>内で好評配信中の『川上とも子のうさぎのみみたぶ』#335にて、『AIR』の神尾観鈴のモノマネをする『Kanon』の倉田佐祐理を聴くことが出来ます。(笑)
これは観鈴ファンにも、佐祐理ファンにも、とも蔵ファンにも必聴です。
なお、この#335は、2005/03/22(Tue)に#336へ更新されますので、興味のある方はお早めに。
※ とも蔵さんは嫁に行くことに、積極的でないのかな?
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多くの人が賞賛している中、自分にはその良さがまるで分からない作品を生み出す監督の一人に、レオス・カラックスさんがいます。
今観るとどうかは分かりませんが、当時、大学の授業で観た『ポンヌフの恋人』には、これっぽっちも心が動かされませんでした。
この感想はその後、WOWOWで観た彼の三部作も同様でした。
あのプチプチと細切れになる編集のどこがいいのか、今でもディスカッションしたくて堪らないぐらいです。
さて、今回の第十話「ひかり -light-」。
正直にいいまして、この細切れにプチプチと切れる映像というのは、観ていて面白くないです。
こういった映像が評価されているということは、理解しているつもりです。
ですが、こうして毎回愉しく観ている『AIR』でそれをされても、やはり自分にとって面白くないものは面白くありません。
レオス・カラックス監督作品宜しく、プチプチと細切れになる映像の愉しみ方を、是非とも教えて欲しいです。
さて、冒頭に登場した、海岸で砂遊びをしていた女の子と男の子。
しっかりと繋いだその手や、それを見て身を震わせるそら(CV:小野大輔)のリアクションなどから、恐らくあの二人は、毎回OPでタイトルロゴの『AIR』に繋がるあの二人なのでしょう。
ですが個人的に伏線は、もう少しさり気なくして欲しかったです。
例えば今回初登場の、志野まいか(CV:金田朋子)。
最初は、志野さいか(CV:金田朋子)の再登場かと思いました。
ですが、「さいかお姉ちゃんの病気が良くなりますように」とお祈りをしていたところから、CVが同じであってもあれは妹のまいかですね。(エンドテロップにて確認済み)
第二話で観鈴(CV:川上とも子)がさいかのことを、「あの子は今度手術する…」と話していた伏線が、ここに結び付いている。
こういった伏線の方が、自分は嬉しいです。
それから、そらが晴子(CV:久川 綾)の目を突いたのは、第一話で晴子に目を突かれた往人(CV:小野大輔)の逆襲ですね。(笑)
後はセミっぽい朝食の全貌(笑)など、ザッピングならではのシーンの連続に満足でした。
「そう、帰る場所があるのですね。 あなたは頑張って下さいね。 いつか、その翼で飛べるように…」
この美凪(CV:柚木涼香)の台詞は、咀嚼すればするほど、味わい深い台詞ですね。
美凪の飛べない翼には、帰るところがないのだけれど、そらにはそれがある。
美凪がそう思えたのは、そらの向こうに往人の面影が見えたからではないのだろうか?
そんなことを妄想してしまうほど、この台詞は美凪というキャラクタを象徴しています。
しかもこれの一つ前の台詞は、「うるとらはっぴー」ですからね。
美凪の奥深さに触れた気分です。
さて今回は始まった直後から、自分の眼には、同一時空間内に於ける往人とそらの共存が、酷く不安定に映っていました。
前回のラストから、そらが柳也(CV:神奈延年)の遺志を継ぐ者なのは明白でした。
ところが同じ時空間内に、同じく柳也の遺志を継いだ往人がいる。
魂保存の法則(?)のようなものが頭を過ぎると、どうしてもこのシチュエーションに納得することが出来ませんでした。
徹頭徹尾、画面内のどこかにそらの円らな瞳を捉え、徹頭徹尾、往人の目許を映さなかったところからも、今回の主人公はそらなのに。
このあたりがもう一つ、自分の中で理解し切れませんでした。
ですがこれがラストになって、ようやく分かったような気がしました。
往人が光になって消えた後、そこに残っていたのはそらだけ。
そして、そらが光の粒になって砕け散った後に出てきたのが、往人。
つまり、往人もいるという不安定な時空間だったからこそ、そらの記憶が不安定だったのではないかと。
そして、観鈴を想う気持ちに気が付いた往人が消えた今、本当の意味でそらは、柳也の遺志を継いで、観鈴を蝕む過去からの呪縛を解き放とうとしているのではないかと。
観鈴が大好きな往人は、そらとなってずっと観鈴の傍にいる。
観鈴をゴールへ送り届けるために…
そして自分は、次回予告に眼を瞠りました。
自分は劇場版を観ているので、このあとの展開を知っているのですが、次回予告の一カット一カットが、劇場版のそのどれをも上回っています。
特に、黄金色に輝く大海原をバックにして、観鈴を背負う晴子の小さな人影は…
画面の右下に、「第十一話 うみ -sea-」の文字が重なるこのファイナルカットほど、次回への期待感をそそられる絵はありません。
次回も期待しています。
それでは、よしなに。(敬称略)
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柳也様カッコイイ!萌え萌え!(^^)
出でよ、召還獣アラターニ!!
この召還呪文はスペルワンス(一回限りの呪文)です。
新たにアラターニ(笑)を召還したいと思われた方は、各自で工夫して下さい。
物語の結末に対する、作り手側の自信の表れ。
他の方の感想を拝見しますと、どうやらこの展開は原作ソフト通りのようですが、それにしてもこの大胆なシナリオ構成には舌を巻きます。
ここからラストまでのシナリオに対してよっぽどの自信がないと、こんなシナリオ構成は出来ないと思います。
『宇宙のステルヴィア』(監督:佐藤竜雄)に於いて、グレートミッションを前哨戦として、ジェネシスミッションを本戦にしたときにも驚きましたが、今回はその衝撃を凌駕します。
これまであったものを単なる引き金にして、それ以上の脅威を後から出してくるのではなく、主人公をカラスにしてヒロインに巡り合わせてから画面右上に、作品タイトルを描く。
この第九話のラストは、これまでが単なるプロローグであり、これからが『AIR』のメインストーリーであることを雄弁に語っています。
九話からなる壮大なプロローグ。
これが他の作品であれば、「またそんなに風呂敷を広げて…」となるところですが、『AIR』なら何かをやってくれそうです。
くれそうですが・・・この先『AIR』のラストには、これまで以上の感動が本当にあるのでしょうか?!
そんなにも晴子(CV:久川綾)へのゴールは、感動できるものなのでしょうか?
劇場版『AIR』に於ける前述のゴールシーンは、正直にいいますと白けていました。
バックで波がザッバーン!・・・って、あれはギャグの演出ですよね?
ついでだからもう一つ、劇場版『AIR』の話。
原作ソフトプレイ済みの方の多くの感想に、「"そら"をただのカラスなんかにするんじゃない!」というご意見がありました。
自分は原作ソフト未プレイでしたので、「別にいいんじゃない」ぐらいの思いでいました。
ですが今回の第九話を経て自分は、この考えを改めました。
「"そら"をただのカラスなんかにするんじゃない!」
自分もそう思います。
"そら"の背負っているものが、余りにも違いすぎる。
『AIR』を名乗る作品内で、ただのカラスを"そら"と呼ぶことは、『AIR』に対する冒涜以外の何物でもない!
この一点をもって劇場版『AIR』は、『AIR』の看板を下げるべきだといってしまって構わないと思う。
そのぐらい今回の第九話は衝撃的でした。
「これまでの『AIR』は前哨戦に過ぎなかった…」
まるで三流映画の続編キャッチコピーみたいですが、これまでの密度の濃い九話分をまるまる前書きにして、次回からの本編へ繋ぐこの構成。
現代を描き、過去を描き、もう一度現代に戻ってきたとき、主人公はカラスに転生。
そして、「にはっ。よーい、どん!」・・・
次回から始まる『AIR』の神髄を、しかと受け止めます!
さてここで少しだけ、死に行く者について。
『AIR』に限らず、今回の八百比丘尼(CV:潘 恵子)のような事切れ方には、いつも釈然としないものを抱いております。
そもそも、人はそんなにも簡単に死ぬのでしょうか?
人間の出血致死量は2リットルと聞いているので、どうしてもあの程度の描写では…と思ってしまいます。
もっと血塗れなら、当たり所が悪かったんだと思えます。
もちろん、人間と翼人は違うという話もあるのでしょうけど、今回はその映像に、それだけの説得力を感じられませんでした。
ですが、お手玉を死に行く母への手向けとする神奈(CV:西村ちなみ)の姿には、恥ずかしながら泪を誘われました。
これらのシーン、原作ソフトでは、どのように表現されているのでしょうか?
あとはBパートの冒頭。
三人は大きな木の陰で、身を寄せ合っています。
竹筒に入っていた飲み水を、三人で分け合って飲んでいましたが、恐らくはその時間の長さから、柳也と裏葉は神奈のために、飲むふりをしていたのでしょう。
そして三人は、今後の夢を語り始めます。
三人で西の温かい海辺で暮らす、幸せな夢。
だが、三人が夢を語っている間にも、ジリジリと間を詰めてくる追っ手達。
柳也は取り囲もうとする追っ手に気付いて身構えるが、夢を語ることは決して止めない。
夢を語り続けながら顎で「神奈を連れて逃げろ」といわんばかりに裏葉を促すが、彼女は頭を横に振って、逃げる代わりに短刀を手に取った。
もちろん裏葉は柳也と同様、この間も夢を語ることを決して忘れない。
そしてその間にも、語られる夢の一つ一つに覆い被さるようにして、追っ手が一歩、また一歩と躙り寄ってくる。
夢を語る会話と、迫り来る映像の対比が、観るからに切ない。
何より神奈はここまで、まるで追っ手のことには気付いてないかのようでした。
ところが・・・
柳也との泪の接吻とともに、「末永く、幸せに、暮らすのだぞ」と二人に最期の命を与える神奈。
直後、翼人の象徴でもある翼を大きく広げて神奈は、空高く舞い上がった。
だが、「もっと高く!」という柳也の絶叫も虚しく、追っ手達から矢継ぎ早に放たれる矢が、休むことなく光り輝く神奈の翼を貫く。
更に追い打ちを掛けるようにして、調伏の呪文による赤い呪詛の帯が、神奈の身体を縛り上げる。
月明かりの下で藻掻き苦しむ翼人、神奈。
そして最期には、サブタイトルにある月をバックにして、神奈は泪とともに粒となって消えてしまった…
これは『AIR』屈指の名シーンといっても、過言ではないでしょう。
次回、第十話「ひかり -light-」にも、期待しています。
それでは、よしなに。(敬称略)
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"コミカル"な作風の京都アニメーション。
『dancing blade かってに桃天使!』(1998 KONAMI)に代表されるように、映像が持つ楽しさを前面に押し出せるのが京都アニメーションの魅力であると、個人的には思っています。
この傾向は『犬夜叉』(監督:池田茂(~#44),青木康直(#45~))に於いて、最も良く表れていたと思います。
自分が観ていて「今回はギャグが冴えているなぁ」と感じた回は大抵、京都アニメーション制作の回でしたから。(ここに『ふもっふ』を挙げられないのは、未見だからです)
さて今回の第八話は、そんな京都アニメーションの作風が、遺憾なく発揮されていたと思います。
Aパートに於ける、神奈(CV:西村ちなみ)と柳也(CV:神奈延年)と裏葉(CV:井上喜久子)のやり取りは、キャストの好演も相俟ってコミカル度満点。
映像にはこれだけのパワーがあることを再認識させてくれる『AIR』は、今回も実に面白かったです。(^^)
そして、そういったコミカルなシーンがあるからこそ、Bパートの"シリアス"さが活きてくる。
こういった構成を"オーソドックス"という言葉で言い表すのは簡単なのですが、これだけではまだ、『AIR』の核心を捉え切れてないように感じています。
といいますのも、原作ソフトプレイ済みの方の感想が、軒並み好評だからです。
シナリオ展開自体は相当駆け足のようですが、ファンにとって外してはいけないシーンや台詞は、絶対に外さない。
更に原作ソフトでは、テキストだけで表現されていたシーンを映像で表現しても、それがファンに軒並み好評。
テキストだけということは、そのシーンはプレイヤが自由に想像していた筈。
なのにそれを映像化しても好評ということは、プレイヤが想像していた以上の映像が提供されているということになります。
そしてそれを原作ソフト未プレイの自分が観ても、充分に愉しめる。
シナリオ展開も別に早いことはなく、むしろテンポが良いぐらい。
この辺りはシリーズ構成:志茂文彦さんの、原作読解、分解、そして再構成力の賜物でしょう。
つまりこれを大袈裟にいうと、ファンを納得させつつも、普遍性のある映像が表現されているということになります。
時折"マニアック"という言葉とともに、ファンに受けるものとファン以外に受けるものを区別する動きがあるのですが、この『AIR』は、それらが技術次第で両立できることを証明している、希有な作品であると思います。
これまで自分が面白い!と思う作品は往々にして、他の人にはもう一つに映っていました。
『serial experiments lain』(監督:中村隆太郎)然り、『CASSHERN』(監督:紀里谷和明)然り…
だけど『AIR』は、自分以外の人からも、多くの賞賛とともに向かい入れられている。
コミカルとシリアス、オーソドックスとマニアック。
これらを相殺することなく、シナジー効果として作品全体を高めているからこそ、『AIR』は今なお、光り輝いているのだと思います。
それでは、よしなに。(敬称略)
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「多分、今回は"溜め"の回なんだろうなぁ」というのが、自分のファーストインプレッションでした。
正直にいうと、これまでで一番、心が揺り動かされませんでした。
ですがこれは決して、詰まらなかったという意味ではありません。
サブタイトルにもあるように、「ゆめ -dream-」を見るごとにみるみると衰弱していく観鈴(CV:川上とも子)。
母から譲り受けた人形に心を込めた後、画面から姿を消した往人(CV:小野大輔)。
そしてそのことと引き替えに、元気を取り戻した観鈴。
ここでいきなり舞台は過去へ、正歴五年 A.D.994 へ。
そしてそこにいたのは、神奈(CV:西村ちなみ)と柳也(CV:神奈延年)。
第七話では、冒頭から観鈴と往人のやり取りを描き続けておいて、最後の一分でこれを神奈と柳也のやり取りにすり替えて幕を下ろすという、大胆な構成。
これはもう、第八話以降の展開を、期待せずにはおられません。
観鈴が繰り返した「日記じゃない」とか、往人の背中の大きな痕は、伏線ですよね?
それと作画については、魅せ場らしい魅せ場はなかったものの、相変わらずのしっかりとしたレイアウトは、観ていて気持ちがいいです。
カメラがどの角度から二人を捉えても、いつでも同じ地に足が付いていると表現すれば良いでしょうか?
バラバラに描かれているはずのキャラとバックが、いつでもきちんと同じヴァニシングポイントを捉えているのは、高い技術力によって支えられているからだと思います。
あと、凄いなと思ったのは、観鈴の「ぶぃ!」というギミック。
これまでにもう何回出てきたのか分かりませんが、ことあるごとに観鈴は「ぶぃ!」といって、Vサインを出してきました。
そしてそのどれもが、往人によって受け止められていました。
ところが今回、観鈴がVサインを出そうとしたときにはもう既に、それを受け止める往人は踵を返していた・・・
ただの癖だと思いきや、それを往人がいなくなる印象付けにもってくる。
こういったところに、自分なんかはグッ!とくるのですが、皆さんはいかがでしょうか?
原作ソフトプレイ済みの方にとっては、何を今更なのかな?
さてこれから、皆さんの感想を読みに行きます。
それでは、よしなに。(敬称略)
P.S.今回の『激☆店』はHDだったのですが、あれは今週から?それとももっと前から?…
elwoodさんによると、今回からだそうです。
うちの環境では凄く綺麗なので、このままHDで続けて欲しいです。
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突然ですが皆さんは、『DESIRE』(1994 C's ware)をご存じでしょうか?
昨年、(株)インターチャネルよりPS2版が発売されていますので、ご存じの方も多いことでしょう。
『DESIRE』の登場人物であるティーナとマルチナ・ステラドビッチの関係は、ラストシーンになってようやく明かされます。
ですが、この『DESIRE』を普通にプレイしていれば、そんなラストシーンを待たずとも、この二人の関係は自ずと見えてきます。
そんな分かり切った話が愉しいのか?
そう仰る方もいることでしょう。
現に自分も、この『DESIRE』をプレイするまでは、そう思っていましたから。
ですがこの分かり切っているラストシーンが、ストン!と自分の胸に落ちてくる。
いや、もっと厳密にいうと、この分かり切っていた二人の関係のことを、本人の口から直接聞きたかった。
ただ、それだけのことです。
たったそれだけのことなのですが、これがまた胸に来るんです。
分かり切っていることでも、ストーリーの持って行き方一つで、充分に人を感動させることができる。
『DESIRE』はそんなことを自分に教えてくれた、最初の作品でした。
ちなみに、マルチナ・ステラドビッチ役は、かの池田昌子さん。
そして奇しくもティーナ役は、観鈴役でお馴染みの、とも蔵こと川上とも子さんです。
どんでん返しで引っ繰り返すことだけが、ストーリーじゃない。
愚直なまでに真っ直ぐ持って行くことだって、充分にストーリーになる。
つまりストーリーは、転がし方ではなく、魅せ方なんだということ。
嗚呼、なんとストーリーテーリングの奥深いことか。
自分は原作ソフトを未プレイなので、この展開のどこまでがTVシリーズだけのものかを知りません。
ですがいずれにしてもこの『AIR』が、高い技術力を持って、観る者を取り込もうとしているのがよく伝わってきます。
また今回は最初、作画が大人しくなった印象を受けました。
ですがBパートが始まる頃には、これが大きな誤解であることに気が付きました。
そしてエンドテロップが始まる頃にはもう、今回もハイクォリティであることに満足していました。
要は今回は、前回の発作シーンのように突出したシーンがないだけであって、決してレヴェルが低いわけではない。
むしろ今回は、相変わらずの高い技術力を持ってある一定の、それも非常に高いレヴェルで安定していました。
こんなにも安定しているのは、今自分が観ている中では他に、『MONSTER』(監督:小島正幸)と『舞-HiME』(監督:小原正和)ぐらいでしょうか?
徐々にですが、自分の中で原作ソフトは、"した方がいい"から"しなければならない"に、シフトしてきています。
それでは、よしなに。(敬称略)
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ネット上に散らばる皆さんの感想を拝見しまして、思うことがありました。
そこで改めて考察という形で、この文章を認めようと思います。
時は流れて2000年 9月。
VisualArt's/Key が、『AIR』という恋愛アドベンチャーゲームを生み出しました。
この『AIR』により VisualArt's/Key は、『Kanon』を嚆矢とする泣きゲーの地位を、不動のものとしました。
『AIR』は多くのプレイヤに、感動の泪を与えました。
そして2005年 2月、劇場版『AIR』公開。
続々とクォリティの高い映画が発表されている昨今、多くのファンは当然、『AIR』の感動を違った形で味わえる、たいへん素晴らしい劇場版が観られるものと期待しました。
ところが、実際に出来上がった作品は、出﨑演出による『AIR』風味の劇場版でした。
しかも今の時代、既に出﨑演出は下火となっており、今では珍しいタイプの演出となっていました。
どの分野でもそうですが、新しい表現方法は日々、多くの人々によって研究されています。
さてネット上では、劇場版『AIR』を観た人が口々にしていいました。
×「確かに『AIR』には違いないんだけど、期待していた物とは違う」
○「期待していた物とは違うけど、これはこれで面白い」
×「出﨑演出は今の時代には合わない」
○「『AIR』のことは知らないけれど、この劇場版は面白かった」
etc.
この件をもっとマクロに、エンタテインメントとして捉えてみるとどうでしょうか。
例え看板と中身が違っていても、実際に観てみてそれが、予想していたもの以上に面白ければ、それでその人は満足すると思います。
何しろお金を払って、エンタテインメントを享受しに来ているのですから。
では、劇場版『AIR』はどうだったのでしょうか?
皆さんの感想を総合しますと、『AIR』という素材と出﨑演出はまるで、相殺し合っているかのように見受けられました。
少なくとも、この二つの相乗効果がプラスに作用しているという意見は、見当たりませんでした。
実際、自分も、この設定は何のためにあるの?と、首を傾げた箇所が幾つもありましたから。
つまり、出﨑統監督以下制作スタッフ一同は、『AIR』という素材を使いながらも、その作品を劇場版の名に相応しい内容までには、仕上げ切れなかったのです。
もちろん作品としては、きちんとしたものに仕上がっていますので、それを面白いといわれる方は、たくさんいらっしゃいました。
ですが看板には、劇場版『AIR』を掲げているのです。
劇場版という言葉には、"お金の掛かった大作"というコンセンサスがある。
普通に面白いどころではなく、劇場版の名をほしいままにするだけの面白さが、要求されているのです。
『AIR』という素材を十二分に活かした感動が、要求されているのです。
そんな折り、皆さんの感想の中に、こういった意見がありました。
そもそも尺の関係から、長編シナリオで魅せる恋愛アドベンチャーゲーム『AIR』を、決められた時間内で魅せなければならないアニメーション作品にすること自体に、無理がある。
あの感動を、他のメディアで味わえるわけがない。
『AIR』という素材は、じっくりとテキストを読ませる恋愛アドベンチャーゲームをもって、初めて活きてくる。
ところが・・・劇場版『AIR』の公開に先行すること一ヶ月。
新進気鋭の石原立也監督以下制作スタッフ一同が既に、TVシリーズ『AIR』に於いて、これを実現しようとしていました。
その圧倒的な映像をもって、各話二十数分のアニメーション作品が、長編の恋愛アドベンチャーゲームの感動に迫ろうとしていました。
恋愛アドベンチャーゲーム『AIR』の感動から冷めやらぬ人はもちろんのこと、普段からゲームをプレイしない者でも充分に愉しめる、TVシリーズ『AIR』。
同じ『AIR』という素材を用いて、同じアニメーションという表現方法で制作されているのにも関わらず、その完成度がまるで違う二つの『AIR』。
多くの場合、劇場版の方が完成度は高いとされているのですが、この『AIR』に於いては、多くの人から「神懸かり的だ」と称されるほどに、TVシリーズの方が高いです。
この先行したTVシリーズの高評価も相俟って、相対的に劇場版への評価は芳しくありません。
こうなってしまった原因は、いったい何なのか?
シナリオ?絵コンテ?演出?原画?動画?仕上げ?背景?撮影?特効?演技?上映時間?予算?プロデューサ?etc.?…
この劇場版『AIR』も他の作品と同様、たいへん多くのスタッフが関わっています。
それぞれのスタッフは、その与えられた範疇に於いて、精一杯の努力をされたものと思います。
ですがシナリオは、パンフレットに掲載されていた第三稿の方が断然良いと専らの評判ですし、原画は時折、崩れるところが見受けられる。
また動画の方も、写真を燃やすところなどに不自然なシーンがあり、背景は精彩に欠けるところがあった。
何よりも全体的に、他の劇場版作品と比べて、お世辞にも潤沢な予算が掛かっているようには見えない…etc.
各パートの責任は、各パートに携わったスタッフにあると思います。
ですがこういったとき、映像作品の監督に関わらず、監督を拝命した総ての人は、その事業全体に関わる総ての責任を負うものと考えます。
つまり、例え個々にそれぞれの責任があろうとも、万が一全体が失敗したときには、それらを引っくるめて総ての責任を取る。
逆に全体が成功した暁には、総ての賞賛をそれぞれのスタッフの許へ還元する。
これこそが監督にしか出来ない栄誉ある役目であると、自分は考えます。
よって、劇場版『AIR』がこうなってしまった原因は、監督:出﨑統その人にあると、自分は考えます。
劇場版『AIR』は、劇場版としても、『AIR』としても名前負けの作品でした。
満足に表現されているものは、出﨑統作品としての映像だけでした。
これらのことから、出﨑統監督は他の能力に長けていたとしても、劇場版『AIR』の名を冠するに相応しい作品を生み出すまでの能力はなかったと、自分は判断しています。
それだけ原作ソフトの『AIR』が、偉大だったのでしょう。
それでは、よしなに。(敬称略)
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極一部の方には、たいへんお待たせしました。
今回は先行鑑賞会のレポートも兼ねていますので、かなりの長文となっています。
また、当然のことながらネタバレも多分に含みますので、ご注意下さい。
まずは、上映開始までのレポートから。
自分は開場時間丁度に現地入りしたのですが、既に入場が開始されていました。
入り口で当選葉書と引き替えに、劇場版『AIR』の資料とポスターを受け取ってから、一路劇場へ。
席に着いて少しすると入り口の方で、パンフレットの販売が始まりました。
するとすぐさま、劇場の後ろには長蛇の列が出来ました。
まぁ自分はネタバレを避けるため、本編を観終わらないうちは絶対に読まないですし、どうせ帰りしなにも購入できるのだからと、タカを括っていました。
劇場版『AIR』を観て、面白かったら購入しようと。
ところが自分の隣の席の人がですね、その大きなパンフレットを広げて、読み始めたんです・・・
もーっ、隣のパンフレットが、気になって気になって仕方がない!(笑)
そんなこんなの我慢の15分も何とか乗り切り、ようやく先行鑑賞会開始。
司会はフロンティアワークスの…ごめんなさい、お名前を忘れてしまいました。
今回は鑑賞会だけかと思っていたのですが、なんと特別ゲストの方がいらっしゃいました。
特別ゲストは、東映アニメーションの東伊里弥プロデューサと、ビジュアルアーツの樋上いたるさんと折戸伸治さんのお三方。
ステージ上に向かって左から、男性、女性、男性と並ばれたお三方。
えーっと、樋上いたるさんって女性の方だったんですか・・・存じませんでした。
いたるというお名前から、自分はてっきり男性の方かと思っていました。
それで三人を代表して東プロデューサから、「製作開始から三度目の夏が過ぎました」や「約91分になりました」などの、苦労話がありました。
最初、司会の方の「三人を代表して」という言葉は、自分の聞き間違いかと思っていたのですが、ビジュアルアーツのお二人のお声は、最後まで聞くことが出来ませんでした。
・・・結局あのお二人は、何をしに来られたのでしょうか?
東天満からの帰りに、ちょっとだけ心斎橋に寄られただけなのでしょうか?
さて、ゲストの方が退場されてから、照明が暗くなり、いよいよ劇場版『AIR』の上映開始。
冒頭のトレーラはなんと、劇場版『機動戦士 Ζガンダム A New Translation 星を継ぐ者』。
どうして東映配給の映画に松竹配給の映画?と、そのときは思ったのですが、後から調べてみると、この会場となった心斎橋パラダイススクエアは、松竹系の映画館だったんですね。
これも知りませんでした。
さて本当にいよいよ、劇場版『AIR』の開始です。
まず最初に、自分に対して出﨑統さんというネームヴァリューは、意味をなしません。
これは中村誠さん、小林明美さん、周防義和さん等も同様です。
また、原作ソフトは未プレイでして、唯一の『AIR』体験は、TVシリーズのみとなっています。
そんな自分のファーストインプレッションは、「古臭い作品だなぁ」です。
自分が普段から観慣れているトゥルーハイビジョン放送と比較すると、鮮鋭感の劣る35mmフィルムが上映媒体ということもあって、非常に古めかしい印象を受けました。
また音響の方も、台詞がセンターに定位されていて、それ以外がサラウンドに回されるという、いかにもなサウンドデザイン。
エンドテロップには「DTS STEREO」だけがクレジットされていましたが、この作品は本当に2005年 2月公開の映画なのでしょうか?
サウンドデザインに関してハッ!とするようなシーンは、皆無でした。
また映像の方も、あれを出﨑演出の応酬というのでしょうか?
まるで四半世紀前の作品のような、入射光、3回パン、ハーモニー処理、画面分割、光る吐瀉物、光る鮮血、etc.…
海や旗等はCGIで表現されていましたが、電車やバス等は手描きでした。
どうも3DCGIは、導入されていないようです。
エンドテロップで、絵コンテのクレジットを見逃しているのですが、あれは出﨑さんのものなのでしょうか?
歯に衣着せぬ物言いをしますと、三次元空間把握力に乏しい絵コンテや演出でした。
撮影台に背景画を置いて、その上にセル画を重ねて'撮影'をしていた当時は、基本的にオブジェクトは二次元移動だったので、カメラワークの自由度は芳しくありませんでした。
そのためこういった絵コンテや演出は、効果的だったのだと思います。
ところが今は、総ての素材をコンピュータ上に取り込んでから、'コンポジット'する時代です。
当時と比べてやりやすくなったということはないでしょうが、オブジェクトを三次元的に動かしやすくなった分、カメラワークの自由度は飛躍的に上がり、当時では成し得なかったような映像表現が、次々と可能になりました。
その結果、今はそれらを活かす力、つまりは、三次元空間把握力に富んだ絵コンテや演出が、求められるようになりました。
ところが今回の劇場版『AIR』では、時代錯誤とまではいいませんが、たいへん失礼ながら、旧態依然とした絵コンテが切られていまして、しかもそれをもって演出されていました。
これらを懐かしいと肯定的に捉えるか、古臭いと否定的に捉えるかは、観る人次第だと思うのですが、昔ながらの絵コンテや演出であることに、間違いはないと思います。
次にストーリーテーリングについてですが、過去の文献を調査しながら、それと今の自分がおかれた状況を重ね合わせるという、オーソドックスな構成。
過去にあった翼人伝承宜しく、他人を想うに連れて衰弱していく神尾観鈴(CV:川上とも子)。
だからこそこれまで観鈴は、自分の感情を押し殺して、出来るだけ他人を想わないようにしていた。
だけど国崎往人(CV:緑川光)と出逢って、自分の身体のことよりも自分の気持ちを、往人を想う気持ちの方を優先しようと決めた。と、ここまでは理解できました。
これは凄くいい話だと思います。
ですが最終的に、観鈴の生死はよく判らなかったし、往人は翼人伝承宜しく事切れてはいないし、何より観鈴達は何故、翼人伝承に準える運命を辿るようになったのかが、まるで伝わってきませんでした。
また、これらをもって劇場版『AIR』は観る者に対して、いったい何を訴え掛けたかったのでしょうか?
劇場版『AIR』は観る者の心に、いったいどんな楔を打ち込もうとしていたのでしょうか?
自分はこれこそが作品の肝だと思うのですが、残念ながら劇場版『AIR』は、自分の心には何も残してはいきませんでした。
その結果、タイトルである『AIR』とは、いったい何を示唆しているのかも、自分には全く伝わってきませんでした。
それとこれは原作を意識してのことだと思うのですが、劇場版『AIR』に於いて、観鈴の変わった口癖を持つという設定に、何かしらの必要性はあったのでしょうか?
往人が法術を使えるという設定に、何かしらの必要性があったのでしょうか?
少なくとも現在放送されているTVシリーズ『AIR』(監督:石原立也)には、その必要性を感じています。
ですがこの劇場版『AIR』には、それらを感じられないのです。
翼人伝承を下敷きにして、観鈴や往人を描くのに、これらの設定は本当に必要だったのでしょうか?
自分の眼には、観鈴が終始標準語を話していても、往人が法術を使えなくても、劇場版『AIR』は成立できたように見受けられました。
この辺りに『AIR』を劇場版へ仕上げることと、作り手側がやりたかったことや訴えたかったこととの齟齬を、感じています。
ましてや今回の劇場版『AIR』の上映時間は、約91分。
『AIR』たらしめるためだけの設定を放り込むのではなく、劇場版『AIR』として必要な設定だけを、充分に絞り込む必要があったのではないでしょうか?
いや、作品が『AIR』を名乗る以上は、上映時間等の外的要因のいかんに関わらず、これらの設定をきちんと汲み取ってなお、ストーリーとして昇華させる必要があったと思います。
これが出来ていない、もしくは、敢えてそれを避けたということはつまり、作り手側にそこまでの力量がなかったことを意味します。
ということで最後はこの感想の纏めとして、かなりの勇気と、劇場版『AIR』に関わった総ての人へ大きな期待を込めて、この言葉で締め括りたいと思います。
「アニメーション界の重鎮の作品は、この程度で終わりとなってしまうのか!?」
それでは、よしなに。(敬称略)
P.S. そんなこんなで、結局パンフレットは購入せずに帰宅しました。
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こんばんは、先程、先行鑑賞会から帰宅しました。
ファーストインプレッションは、
「古臭い作品だなぁ」です。
誤解を恐れずに勇気をもってタイプしますが、御大の洗礼を受けていない自分からすると、あの作風は過去のものであり、そこからエンタテインメントを感じることは出来ませんでした。
ということで、きちんとした感想はまた後日。
それと是非とも、御大の洗礼を受けている方の感想を拝見したいです。
自らの審美眼を鍛えるために。
それでは、よしなに。
P.S.流浪人さん、急かさないで下さい。(^^)
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役者による声だけの演技と、アニメータによる絵だけの演技。
この二つがぶつかり合う先にあるのものとは?・・・
そんな言葉がふと、脳裏を過ぎるこの作品は、グサグサと自分の心に楔を打ち付けてきます。
ぷろだくしょんバオバブ所属の、とも蔵こと川上とも子さん。
とも蔵さんが演じる観鈴が、夕べ見た夢を語るシーン。
このときカメラは、ただただ真夏の青空いっぱいに広がる、白い雲を捉えているだけでした。
あの観鈴の長台詞を、本当にただこれだけで魅せてくる。
背景美術の技量をストレートに問うこの絵コンテには、挑戦的という形容詞が相応しいはずなのですが、そんなことは微塵も感じさせないぐらい、何気ないシーンに仕上がっています。
ただ観鈴が往人(CV:小野大輔)に滔々と、夕べ見た夢の話をしているだけ。
たったそれだけのシーンなのに、いつの間にか作品世界に引き込まれている自分がここにいる。
とも蔵さんの演技を意識しているはずが、いつの間にか観鈴の話に耳を傾けている。
これは観鈴が神経衰弱をしようとして、発作で泣き崩れるシーンもそうでした。
「 … だ い じ ょ う ぶ … だ い じ ょ う ぶ 」
観鈴をカメラの正面に捉え、身体を大きく仰け反らせてから、俯せになって畳の上に泣き崩れる。
燎原の火がごとく、感情を剥き出しにして泣き出す観鈴。
アニメータの技量をストレートに要求しているはずの絵コンテですが、それをいとも容易く描き切り、その上でキャラクタに迫真の演技を付けている。
とも蔵さんの泣きの演技にも負けない・・・いや、それをも凌駕せんとするキャラクタの演技はまさに、アニメーションの真骨頂。
役者による声だけの演技と、アニメータによる絵だけの演技がぶつかり合った結果、そこには紛れもなく、神尾観鈴という'少女'が泣いていました…
ここでもう一人、81プロデュース所属の柚木涼香さん。
柚木さんが演じる美凪は、たいへん抑揚が抑えられています。
同じく柚木さんが演じる、『舞-HiME』(監督:小原正和)の珠洲城遥と比較すると、その差は歴然です。
ですが、そんな抑え込んだ抑揚の中で光る、柚木さんの泣きの演技。
「 飛 べ な い つ ば さ に 、 意 味 は あ る ん で し ょ う か ? … 」
先程の観鈴のそれとは対照的に、包み隠し、抑えることによる感情表現。
しかもこのとき辺りは、夕暮れ時の高校の屋上。
夕暮れ時といっても、まだ水平線の向こうで、太陽が沈み切ってしまおうかと迷っているような、そんな夕焼け雲も星空もある夕暮れ。
コントラストが抑えられた映像の中で、観る者の感情に躙り寄るような演技を付けるアニメータ。
映像が音声を、音声が映像を呑み込まんとする、演技の応酬。
役者による声だけの演技と、アニメータによる絵だけの演技がぶつかり合った結果、そこには紛れもなく、遠野美凪という'少女'が泣いていました…
これまでのハイクォリティな映像作品といえば、どちらかというと、その技術そのものを「凄いなぁ」といっていました。
ところがこの『AIR』は、その技術がきちんと作品の中身に向けられていて、「凄いなぁ」という言葉はそのまま、『AIR』という作品自体を指しています。
『AIR』は何と、骨太な作品だろうか。
確かな技術によって裏打ちされ、観た者の心に楔を打ち込む作品は、まさにエンタテインメントの極み!
しかも『AIR』はそれを、TVシリーズのアニメーションでやり遂げようとしている。
歴史に残る作品が今、生まれようとしている…
それでは、よしなに。(敬称略)
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さて今回は少々、辛辣な内容になるかも知れませんが、ご容赦下さい。
自分はこれまで『AIR』に対して、ストーリーへの感想を述べてきませんでした。
それはこれまでの『AIR』が、伏線を鏤めることに重きを置いていたからです。
今回だって、遠野美凪(CV:柚木涼香)とその母(CV:山本百合子)とみちる(CV:田村ゆかり)の伏線を引いているぐらいですから。
また伏線は、それ自体が重要ではなく、結末を含めてストーリーを俯瞰した時に、初めて意味をなすものとの観点から、まだストーリー的なことは語れないと思っていました。
ですのでこれまでは、映像についてのみでいいだろうと…
ところが今回の第四話「はね -plume-」では、霧島佳乃(CV:岡本麻見)に掛けてきた数々の伏線が一気に開花。
魔法遣い
空を飛びたい
突然の首絞め
黄色いバンダナ
多重人格
すすき野原
そして…"はね"・・・
これらの"点"が、一気に"線"として繋がりました。
ストーリーテーリングとしては、凄いと思いました。
ところが・・・これが作品としては面白くないのです。
佳乃の代わりに黄色いバンダナが、佳乃の母(CV:萩森侚子)の許へ向かうことで、ストーリー的には一区切りとなります。
ですがこの作品は、この大きな区切りをもって、いったい何を訴えかけたいのでしょうか?
このストーリーは全くもって、自分の心に楔を打ち込んでこないのです。
では『AIR』は、何気ない日常を描いているのか?というと、そうでもない。
明らかに非日常を持って、何かを訴えかけようとしている。
それこそタイトルにもあるように、作品が持つ独特の"空気"をもって、何かを訴えかけようとしている。
なのにどうして?・・・
自分がこういった感想になる原因は、自分のリテラシー不足によるものだと思うのですが、その一方で、原作ソフトをプレイしていると、感想も全く変わってくるのではないか?という思いもあります。
これまで他の方の感想を拝見していますと、原作をプレイしている人なら悦に入れるカットが、随所に鏤められているようです。
そうするとこの、第四話に於ける何も無さだって、後々への大きな伏線かも知れない?
何しろ次回は、「はね -plume-」を束ねた「つばさ -wing-」ですからね。
ですがいずれにしましても、今回の『AIR』が自分にとってはもう一つだったということに、変わりはありません。
これからネット上に散らばる皆さんの感想を熟読玩味しまして、自分の審美眼を鍛えていきたいと思います。
さてその後、皆さんの感想を読み込んだ上で、もう一度第三話から観直してみました。
すると随分、印象が変わってきました。
「第四話に於ける何も無さ」と評していましたが、佳乃に注目すると、たいへん見所がありました。
むしろ、これでもかといわんばかりに、霧島一家の温かさが伝わってきました。
第三話で「もしも魔法でお母さんに会えたら、お母さんに謝りたい」という佳乃に対して往人は、「謝るんじゃなくて、お礼をいうんだろう」といいます。
そして第四話で聖(CV:冬馬由美)に、「魔法なんてもの、初めからありはしなかった」といわせておいた上で、佳乃に「私を生んでくれてありがとう」といわせ、更にそれを往人が「それはお前の魔法だ」という。
これ、すげぇ!いい話なんですけど。
どうも初見のときは、ここに眼が行かなかったのですが、往人じゃなくて佳乃を主軸に捉えると、第四話もたいへん満足のいく出来映えでした。
「作品として面白くない」なんてタイプして、ごめんなさい。
作品としても、充分に面白かったです。
それと映像的なことについてですが、これまでと比較すると、随分と大人しくなったなぁという印象です。
ですがそれでも、他のTVシリーズを大きく上回っていると思います。(裏番組とは、そもそも同じ俎上に載りません)
レイアウト作画監督はクレジットされていませんが、きちんとレイアウトの取れた映像は、観ていて気持ちがいいです。
それでは、よしなに。(敬称略)
P.S. エンドテロップでは「萩森徇子」でしたが、正しくは「萩森侚子」です。
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さて第三話「こえ -whisper-」も、大満足の出来映えでした。
特に、診察時間の過ぎた霧島診療所内の往人(CV:小野大輔)の映像。
この、広角レンズによる長回しの映像に、自分は思わず息を呑みました。
きちんとスリッパに履き替えて、診察室に近付こうとする往人。
まるでモーションキャプチャのような往人の一挙手一投足が、広角レンズの歪みに合わせながら自然に演技をする。
でもこのシーンは観直してみましたが、モーションキャプチャではなく、手描きのようです。
またラストシーン間際の、佳乃(CV:岡本麻見)が首を絞めようとするときの腕の動きなど、まるでモーションキャプチャのようにリアルな動きなのですが、エンドテロップにその旨はありません。
モーションブラーが掛かっているので判り難いのですが、あれは3Dモデリングによるトゥーンシェイドだと思います。
いずれにしましても、キャラクタが生き生きと演技をしているのです。
だいたいアニメーションで、キャラクタの演技をキャストではなく、アニメータで語れる作品なんて幾つありますか?
しかもそれが『AIR』は、TVシリーズですからね。
更に驚きです。
また最近、16:9で制作されるTVシリーズが増えてきましたが、効果的な16:9絵コンテというのは、この『AIR』の絵コンテのことをいうのでしょう。
堤防の上を行く観鈴(CV:川上とも子)と往人をフレームの左下に捉えた青空の映像は、16:9の画角をもってして、初めてなせる映像でしょう。
しかもこの映像、早送りをしてみると判るのですが、雲のスプライトをただ引っ張っているのではなく、雲がモクモクと成長しているスプライトを、引っ張っているんですね。
多くの作品は、複数回視聴によってアラが見えてくるものなのですが、『AIR』は観れば観るほど、新たな発見があります。
次回の「はね -plume-」も期待しています。
それでは、よしなに。(敬称略)
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TVシリーズ『AIR』(監督:石原 立也)、第二話も非常に良かったです。
とにかく背景が綺麗です。
総合芸術を、こういったある一点のみで判断するのはNGなのですが、それにしたって夕焼けが美しい。
学校の屋上の金網など、これまでの作品であれば省略するところまで、きちんと描いているところなど、他の作品とは一線を画しています。
こういった表現は不適切かも知れませんが、これは草薙(KUSANAGI)が描き出す背景にも匹敵する出来映えです。
京都アニメーションというと、お笑い担当の一話丸ごと引き受けのイメージがあったのですが、『AIR』を観ていると、そんな印象はもうどこかへ行ってしまいました。
そして、そんな背景にも負けないキャラクタ達。
キャラクタを仕種で魅せる。
特に霧島佳乃(CV:岡本麻見)の身振り手振りには、各シーンで息を呑んでいます。
あんなアニメータの技量も、お金も掛かる演出は、なかなか観られる物ではありません。
こういった観応えのある作品は久し振りです。
また、ネット上の感想を拝見しますと、原作と比べ、かなり展開が駆け足のご様子。
そのため、原作を知らない人が付いてこられるのか?と、心配されている方もいらっしゃいましたが、ご安心下さい。
自分はBS-iでしか『AIR』を体験していませんが、これまでも充分に愉しめています。
充分に追い付けています。
このぐらいのテンポが、いい感じです。
原作をプレイしたくて今、ウズウズしています。(笑)
それでは、よしなに。(敬称略)
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さて、本日から放送開始の、TVシリーズ『AIR』(監督:石原 立也)。
たいへん面白かったです。
『Kanon』(チーフディレクタ:伊藤尚往
)のときも、そのテキストの面白さに感心していたのですが、今回もテキストが非常に面白いですね。
こうして予備知識なしに観ても、初回から各キャラクタがピンと立っていて、観ていて飽きないです。
そして、アニメーションクォリティが非常に高い。
エフェクトやカットで魅せる作品が多い中、キャラクタの仕種で魅せてくる京都アニメーション。
流石です。
それともう一つ特筆すべきは、夕焼けの美しさ。
BS-iなのでアップコンバートだと思っていたのですが、あの美しさはトゥルーハイビジョンなのでしょうか?
こういった、感情に訴えかけてくる鮮烈な夕焼けは、ハイビジョンならではだと思います。
もっとこういった番組が増えて欲しいと思いました。
それでは、よしなに。(敬称略)
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