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2005年3月

2005/03/28

【感想】BSこだわり館『BSアニメ夜話』第3弾

・第1夜『新世紀 エヴァンゲリオン』(監督:庵野 秀明)
 こちらにテキストに起こされたものがあります。

 みやむ~こと宮村優子さんのお話が、たいへん興味深かったです。
 以前、JOQR『緒方恵美の銀河に吠えろ!』で緒方さんが、劇場版のラストシーンを再アフレコしたと、話されていました。
 その時には、「みやむ~と一緒に、最後の台詞を3時間掛けて録り直した」「魂が震える作品になった」と話されていました。
 また以前、OBC『宮村優子の直球で行こう!』では、みやむ~自身が"気持ち悪い"の台詞を生み出した話をされていました。
 そして今回、その生み出されたときに、庵野さんから投げ掛けられた質問が、みやむ~の口から語られましたが・・・
 (鴇羽舞衣風に)はぃ~?
 泥棒にいつでも犯される状況下で、第26話の冒頭宜しく、その泥棒がオナニーしたら…って、そりゃぁ誰でも気持ち悪いでしょう。(笑)
 でもあのラストシーンの台詞は、今でも「気持ち悪い」で良かったと思っています。

NHKにようこそ! それと滝本さんは、流石だなと思いました。
 岡田さんから「物書きとして言語化するとどうなるんですか?」と訊かれてもなお、「だって綾波ですよ?好きになるに決まってるじゃないですか」といい切った。
 あのぐらいでないと、オリジナリティある作品は生み出せないなと思う反面、彼の担当編集者は相当に腕の立つ人でないと、コントロールできないなと思いました。
 今度、『NHKにようこそ! Welcome to the N.H.K.』を読んでみようと思います。


・第2夜『映画 クレヨンしんちゃん「嵐を呼ぶモーレツ!オトナ帝国の逆襲」』(監督:原 恵一)

 動く藤原さんを初めて拝見しました。
 国生さんが藤原さんに、サングラスを外すよう促されたのも分かります。
 それで出演者の皆さんが、余りにも薦めるものですから、先程この映画の予約を入れました。
 2005/04/02(Sat)10:10~WOWOWでの放送です。
 でも、ステレオ放送なのが玉に瑕ですね。
 5.1chサラウンドステレオにして欲しいです。
 ところで、録画は出来ても、いつ観られる時間が出来るんだろう?
 ちなみに自分は、1975年生まれですので、大阪万博を知りません。
落語は最高のエンターテインメント見る読む落語入門 ですが元実家は千里中央ですし、今でも茨木在住ですので、太陽の塔を始めとする万博記念公園には馴染みがあります。
 果たしてこんな自分にも、この映画が愉しめるのでしょうか?

 それと志らくさんは、他人の映画を貶して溜飲を下げる、ステレオタイプな人と感じました。
 あれで彼の落語は、本当に面白いのでしょうか?


 さて、頑張って観てみました。
 ステレオ放送だったのですが、劇場版の名に恥じることのないDレンジの広さで、非常に聴き応えがありました。
 ですが、やはり大阪万博の洗礼を受けていない自分には、そこまでのものを感じることが出来ませんでした。
 出演者の皆さんが、あれだけ熱くこの映画を薦めていたのは、大阪万博という原体験があったからだと思います。
 唐沢さんがいわれていたように、これは大人向け、それも1970年以前に生まれた方向けの映画なんだと思います。


・第3夜『新造人間 キャシャーン』(総監督:笹川 ひろし)

 否定される方もたくさんおられるようですが、自分は『CASSHERN』(監督:紀里谷 和明)を、素晴らしい映画であると思っています。
 詳細はこちらをご覧下さい。
 それでこの原作の方は観たことなかったのですが、前述の『CASSHERN』とは、随分と趣の違う作品ですね。
 何となくですが、原作にぞっこんの方が「こんなのはキャシャーンではない」といわれていたのが、分かるような気がします。


 それでうちのNHK-BS2視聴環境では、BSディジタルよりもBSアナログの方が、映像も音声もハイクォリティです。
 また自分の眼には、TOSHIBA RD-X3のD端子出力よりも、Victor HR-X7のS端子出力の方がハイクォリティに見えます。
 ですのでうちでは、BS2のみ、X7で視聴しています。
 ちなみに音声は、コアキシャル端子で、DENON AVC-A1SRに接続しています。(詳細はプロフィールページにて)
 今回の放送も残念ながら、Aモードステレオだったのですが、それでも音が非常に良かったです。
 観慣れているEVAの映像は、ダビングが繰り返されているためもう一つだったのですが、音声の方は低音がきちんと出ていて、とても心地良かったです。
 また、大槻ケンヂさんの「たたかえ!キャシャーン」の熱唱も、実に良かったです。
 あのカラオケは当時のものだと思うのですが、30年前のものとは思えない分厚い中音が、とても心地良かったです。
 とにかく、音の良さに驚かされたのが、今回の『BSアニメ夜話』でした。


 それでは、よしなに。(敬称略)

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2005/03/25

【感想】『AIR』最終話「そら -air-」

DVD『UNDER17 FIRST LIVE TOUR FINAL「そして伝説へ…」』

「そして伝説へ…」


 いわずと知れた『ドラゴンクエストIII』(1988 ENIX)のサブタイトルであり、UNDER17のラストアルバムタイトルでもあります。

 最終話をもって『AIR』は、これを具現化しました。

 悪い意味で"伝説"となった作品は数あれど、こんなにも良い意味で"伝説"となった作品は数少ないと思います。


 メディアミックス展開ではなく、別のメディアを原作に持つ作品は、往々にして原作ファンからの評判は芳しくありません。
 小説は小説、映画は映画。
 そのメディア用に作られた作品の面白さは、なかなか他のメディアでは表現し切れないものと思います。
 ところがこの『AIR』は、その偉業を成し遂げました。
 文章主体の恋愛アドベンチャーである原作ソフトを、映像主体のアニメーション、それもTVシリーズで表現してみせた。
 いや、エンタテインメントとして恐らくは、原作ソフトを凌駕していたものと思います。
 多くの場合、同程度の出来映えであれば、原作の方がより評価される傾向にありますから。

 さて、自分は原作ソフト未プレイのため、その原作再現度の高さを享受することが出来ません。
 ですが皆さんの感想を拝見しますと、未プレイの方はもちろんのこと、プレイ済みの方からも、多くの賞賛の声が上がっています。
 奇しくもそれは、劇場版『AIR』(監督:出﨑 統)のそれとは、真逆の様相を呈しています。
 プレイ済みの方なら誰しも、『AIR』が映像化されるとこうなるだろうと、勝手な想像をしていたことでしょう。
 そしてその想像は各人に最適化され、各人にとってのベストイメージがそれぞれにあります。
 この各人が自由に思い描いたそれぞれのイメージを、たった一つの映像作品で満足させていくためには、それこそ各人が思い描いたイメージの十倍…
 いや、百倍を超えるエンタテインメントをぶつけていかないと、それは叶わぬことでしょう。
 何しろ、人の想像力は無限大ですから…

 ですがこの『AIR』の最終話は、多くの人から、賞賛の拍手をもって迎えられました。
 それも、何かが突出しての賞賛ではなく、全体としての賞賛です。
 総合芸術である映像作品が、その総合力をもって評価されているのです。
 そのことをこうして伝えることは、自分にもできるぐらい簡単なことです。
 ですが『AIR』はそれを映像作品で、それも斜陽産業といわれて久しいアニメーション業界内のビジネススキームで、実現してみせました。
 これはもう、"伝説"と呼んでもいいと思います。



 さて、原作ソフト、TVシリーズを問わず、ゴールシーンからラストまでのくだりについては、様々な解釈があるようですね。
 ということで、自分なりの解釈というと大袈裟ですが、TVシリーズを通して自分が感じたことを、ここに認めようと思います。

 自分が思う『AIR』のメインストーリーは、観鈴(CV:川上 とも子)が往人(CV:小野 大輔)と友達になろうとしたことを起点とし、晴子(CV:久川 綾)と本当の母子になったことを終点としています。
 つまり、友達がスタート、親子愛がゴールという解釈です。
 1000年前云々は大きな土台であり、決してメインストーリーではないと捉えています。
 その上でゴールシーンの後、晴子の回想シーンが明けると、カメラは枯れた向日葵と鰯雲(巻積雲)を捉えていました。
 向日葵が夏の季語、鰯雲が秋の季語なのからも判るように、これは夏が終わりを告げたということですね。
 つまりはこれは、一夏を駆け抜けた『AIR』というストーリーが終わりを告げたということになります。
 またこの鰯雲、自分の眼にはスチール写真に見えます。
 他にも敬介(CV:津田 健次郎)が仰ぎ見るもつれ雲(巻雲)も、スチール写真ではないのでしょうか?
 そのあと晴子がそら(CV:小野 大輔)に、「あんたは飛ぶんや!翼のないうちらの代わりに」というのは、視聴者に向けての「飛ぶんや!」ではないのでしょうか?
 晴子たち翼を持たない『AIR』の住人に、『AIR』という箱庭世界から飛び出すことは叶いません。
 ですが翼を持つ視聴者の我々には、『AIR』という箱庭世界から飛び出すことが出来る。
 そしてそらという男性視点は、大空に向かって飛び出し、スチール写真の向こうにあるであろう、現実世界へと帰っていった。
 新しい始まりを迎えるために。



 我が子よ、よくお聴きなさい。
 これからあなたに話すことは、とても大切なこと。
 私達がここから始める、親から子へと、絶え間なく伝えていく、長い長い、旅のお話なのですよ…
 私達は星の記憶を継いでいく。
 この星で起こる総ての事象を見聞き、母から子へと受け渡していく。
 星の記憶は、永遠に幸せでなければなりません。
 憎しみや争いで空が覆い尽くされた時、この星は嘆き悲しみ、総ては、無に帰すでしょう。
 いつの日か、滅びの時を迎えること。
 それも避けようのない結末。
 けれど最後は、星の記憶を担う最後の子には、どうか幸せな記憶を…

 この第一話の冒頭にもあったメッセージ。
 読み聞かせているのは、観鈴役の川上とも子さんですね。
 正直にいいますと、あの映像とも相俟って、リテラシの低い自分は、このメッセージを理解し切れていません。
 これは他の方の感想を拝見しながら、ゆっくりと咀嚼していこうと思います。



 そしてオーラス。
 「この海岸線の抜こうに何があるのか?」
 「彼等には過酷な日々を… そして僕等には、始まりを… さようなら…」
 これは少年(CV:矢島 晶子)が作り手の代表、少女(CV:野中 藍)が女性視点なのかな?と思いました。
 海岸線の向こうには現実世界があり、そこへ確かめに行こうと。
 彼等、つまり『AIR』の住人には、これから過酷な日々が与えられます。
 そして僕等、つまり現実世界の住人には、『AIR』を観終えた直後から、現実という時間が始まります。
 さようならをした作り手の少年は、女性視点である少女と手を繋いで、海岸線の向こうへと歩いていきます。
 そしてその少女は、『AIR』のタイトルロゴに重なる。
 タイトルロゴといえば、視聴者が作品と向き合ったとき、一番最初に眼に飛び込んでくる玄関のようなもの。
 その玄関にまで、女性視点を送り届けた作り手。

 『AIR』に限らずフィクションの創造主は、少しでも居心地の良い箱庭世界を作り出し、それを受け手に提供しようとします。
 だけどそれは、そのフィクションに永住して欲しいのではありません。
 受け手には、一時のエンタテインメントを、享受して欲しいのです。
 愉しみ終えた後は後腐れなく、リアルワールドへ戻って欲しいのだと思います。
 何故なら人は、逆立ちをしても絶対に、リアルワールドなしでは生きられないのですから。

 『AIR』の最終話は、居心地の良いフィクションから、明確にリアルワールドへ戻ることを表現しているように感じました。
 そのためのスチール写真であり、そのためのリアルな海岸線表現であると感じました。
 そう考えると、過剰とも思える晴子の「飛ぶんや!」演出だって、晴子が明確にフィクションの住人であることを、表現していたのではないのでしょうか?

 ここまでタイプしていて思ったのですが、もしかするとTVシリーズ『AIR』は、伝説でもまだまだ、役不足かも知れません。


「伝説から神話へ」



 これはいわずと知れた、『グラディウスIII』(1989 KONAMI)のサブタイトルです。

 神懸かりしTVシリーズ『AIR』は今、"神話"となった・・・


 それでは、よしなに。(敬称略)

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2005/03/19

【感想】ラジオ『アベノ橋魔法☆商店街』夢の祭典『大・武田祭り!!』

アベノ橋魔法・商店街 最終回なので記念に行ってきました、
ラジオ『アベノ橋魔法☆商店街』
夢の祭典『大・武田祭り!!』

 当初は開場ギリギリに赴き、後ろの方からでも観られればいいと思っていました。
 ところが当日、急遽、昼食を梅田で摂ることになったため、そのまま12:30頃にMIDシアター入りしました。
 自分は最初、100人も並んでいればいい方だろうと、高を括っていました。
 ところが、自分が受け取った整理番号は369番!
 自分の後ろにもザッと100人は並んでいたので、どうやら13:00の整理券配布の時点でもう、殆どの整理券が捌けたようです。
 あのぉ、開演は17:00~なのですが…
 ごめんなさい、自分は『アベノ橋魔法☆商店街』リスナーをなめていました。

 それで開場時間まで、クリスタルタワーのタリーズコーヒーで時間を潰して、いざ出陣。
 出演者の男性陣は、全員が燕尾服!
 構成作家の三重野瞳さんも、燕尾服!
 パーソナリティの松岡由貴さんは、黒のドレス!
 そして、この度めでたくバツイチとなったゆんぴょうさんは、『これが私の御主人様』のメイド服のコスプレ!

 何だこの公開録音は?!(爆笑)

 AMラジオ番組だから姿は見えないのに、みんな凝りすぎ。
 気合いの入り方が違います。
 そして松岡さんは、会場となったMIDシアターを埋め尽くさんばかりのリスナーを見たときからもう、泪声の連続。
 こっちまでじーーんときました。
 ちなみに、約550人のリスナーが集まったそうです。

 それで、公開録音終了後のガイナックスコーナーで、山賀さんから気になる発言がありました。
 山賀さん「大人の事情でいえることが余りない」 
 赤井さん「それは大人の事情じゃなくて、単にぽしゃる可能性があるからでは?」
 山賀さん「そうなんだよ、企画はこんなに積み上げているのに、それがあるからいえない」
    私「『蒼きウル』は?」
 山賀さん「いや、そうなんだよ・・・」

 えーっと、この「そうなんだよ」は、どういう意味なんでしょうか?
 これは単に、過去にそういったことがあったという意味でしょうか?
 それとももうそろそろ、あの凍結が解けるということなのでしょうか?
 公開録音も良かったのですが、個人的に、こちらの発言の方が気になりました。


 それでは、よしなに。

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2005/03/18

【感想】『AIR』第十一話「うみ -sea-」

 自分はこれまで、数え切れないほどたくさんの、感動できる作品を観てきました。
 ですがその感動の多くは、どうやら感動'的な'シーンによってもたらされていたようです。
 例えばクライマックスで大切な人が亡くなったり、例えばラストシーンで大どんでん返しが待ち受けていたり…
 だけどそれらは、「こういったシーンは泣けるよね」と、頭で受け止めていた感動ではなかったのだろうか?
 本当の感動とは、頭ではなく心で感じるものではないのだろうか?
 では、心で感じる感動とはいったい?…

 今回の第十一話「うみ -sea-」は、まさしくその問いに対する答えのようでした。

 アバンタイトルの観鈴(CV:川上とも子)とその枕宜しく、着替える晴子(CV:久川 綾)の横顔は、瞳にフォーカスが当たり、耳などがぼけているところから、カメラがワイドに寄っているのが判ります。
 そしてカメラが切り替わると今度は、テレに寄って神尾家を見下ろしています。
 左の部屋には日の当たる観鈴が、右の部屋には日の当たらない晴子がいて、お互いに会話をしています。
 橘の家に戻らなくてもいい、ずっと神尾のままでいいと。
 これは神尾の方が暗い選択であるという、メタファなのでしょう。

 それともう一つのメタファは、真夏の大空を行く白い鳥でしょうか。
 観鈴が「私一人で頑張る」といった次のカットでは、一羽だけで飛んでいました。
 だけど晴子に、「勝手に帰り、アホ!」といわれた次のカットでは、一羽をもう一羽が追い掛けているように飛んでいました。
 そして最後、敬介(CV:津田健次郎)の許へ観鈴を送り届ける晴子の一つ前のカットでは、二羽が並んで飛んでいました。
 この二羽の白い鳥に、晴子と観鈴の姿を重ねるのは、穿ちすぎた見方でしょうか?

 縁側で、観鈴の髪を切り揃える晴子。
 前回の次回予告で、ミディアムカットの観鈴の姿を観ていたので最初、晴子が毛先をちまちまと切り揃えているのが、いたく不自然に見えていました。
 ところが、誤って切りすぎた髪の釣り合いを取るうちに、どんどんと短くなっていく観鈴の髪…
 最後には、そら(CV:小野大輔)もびっくりするぐらいのミディアムカットが出来上がっていました。(笑)
 そんな母子の日常を描いた微笑ましいシーン。
 かと思いきや、次の観鈴の台詞に自分は、この観鈴のミディアムカットの意味を痛感させられました。

 「なんか小さな子供に戻ったみたい…お母さんの子供」

 これまで一つ一つ積み上げてきた晴子と観鈴の母子関係を崩してしまう、この一言。
 ですがそれを受けて晴子は、「ここからやり直そう、二人でやり直そう」という。
 更に晴子は、観鈴の「ぶぃ!」を同じく「ぶぃ!」で返す。
 それは、これまで送り出す一方だった観鈴のVサインが、初めて観鈴の許へ返ってきた瞬間でした。
 ミディアムカットやVサイン。
 名作に無駄なシーンやカットは一つもない。
 そんなことは百も承知のつもりでしたが、それをこうも鮮やかに魅せられると、それは'驚き'を通り越して'感動'に繋がります。
 ミディアムカットに子供に戻る意味を重ね、Vサインに意思疎通の意味を重ねる。

 だけどその夜、観鈴は「お母さんの笑顔を、絶対に覚えているから…」といい残して眠りにつきます。
 そして次の日の朝から、観鈴の記憶の後退が始まります。

 「誰? おばさん、誰?」

 第十一話から一晩経った今は、こうして落ち着きを取り戻していますが、リアルタイムでこれを観ていたときには、このあたりからもう、作品を冷静に受け止めることは出来ていませんでした。
 自分はすっかり、『AIR』の虜になっていました。

 武田商店前の、晴子、観鈴、敬介の三つ巴シーン。
 観鈴の「ありがとう」を遮って晴子が割り込んできたところでは、観鈴と敬介は日陰に位置し、晴子だけが日向にいる。
 冒頭の神尾家とは、逆のメタファになっているところが興味深いです。
 つまりこのときは、橘家よりも、神尾家の方が明るいということなのでしょう。
 そしてバックには、その両者を分け隔てるようにして、大きな入道雲(積乱雲)が鎮座している。
 晴子の必死の訴えをも掻き消してしまいかねないような、そんな大きさの入道雲が…
 それはまるで、敬介の意思を代弁しているかのようでした。
 だけどこのシーンのラストでは、晴子の嘆願に根負けした敬介のように、この入道雲が小さくなっていました。
 『AIR』では、第一話からずっと背景に魅せられていましたが、この雄弁に語りかけてくる背景は、第十一話になってもなお、衰えることを知りません。

 さて、母なる海をバックにしたラストシーン。
 波打ち際での観鈴の絶叫。
 最初、無音で泣き叫ぶ観鈴の映像の繰り返しには、こちらで勝手に、とも蔵こと川上とも子さんの芝居を重ねていました。
 ですが最後のカットで、潮騒を超えて飛び込んできたとも蔵さんの泣き叫ぶ声は、その自分の想像を遙かに超えていました。
 その声は紛れもなく、母を求める観鈴の絶叫そのものでした。
 そして、掛かる波飛沫をもろともせず、「うちがあんたのお母さんや」といって、観鈴を優しく抱き締める晴子の姿…
 このときの晴子は、そらにいわれるまでもなく、誰が見たって観鈴のお母さんだよ。

 心にしみる感動。

 自分にはそれ以上の言葉が、思い浮かびません。
 以前、『AIR』屈指の名シーンなんて言葉を第九話に対して用いたのですが、今回はそれを更に上回ります。
 『AIR』の名シーンを挙げていったら、両手の指では足らないです。

 さて次回予告。
 抜けるような青空をバックにして、画面中央に持ってきた
"最終話「そら -air-」"の文字。
 柳也(CV:神奈延年)や往人(CV:小野大輔)の想いを受け継いだカラスの名と、作品タイトルそのものを併せ持つこのサブタイトルには、いい知れないを感じます。
 そしてこれまで、右下にクレジットされていたサブタイトルを、画面中央に持ってきたところからも、この最終話に対する作り手の意気込みや自信を感じずにはいられません。


 この『AIR』だって他の作品と同じように、翼人伝承会という製作委員会を組織して資金を集め、それで映像を製作し、その映像の関連商品を売って儲けようという、作品の筈。
 なのに『AIR』は、他の作品とは一線を画しています。
 演技がどうとか、作画がどうとか、背景がどうとか、監督がどうとか、予算がどうとか、スケジュールがどうとか、売上がどうとか、そういったものを超越したところに『AIR』は存在している。
 作り手の想いが宿りし『AIR』は、マーチャンダイズに組み込まれていながらも、その枠組みを超えているのかも知れません。

 '商品'ではなく、こんなにも素晴らしい'作品'に出逢えたことに、心から感謝します。


 それでは、よしなに。(敬称略)

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2005/03/16

【どっきり!】『木工ボンド部 Presents 千葉紗子の「びん・かん ドクロちゃんねる」』

撲殺天使ドクロちゃん(1) TE-Aroom内にて好評配信中の、『木工ボンド部 Presents 千葉紗子の「びん・かん ドクロちゃんねる」』の第8回が、凄いことになってます。

 この第8回では、原作者:おかゆまさきさんへのどっきり!の、公開打ち合わせをしています。
 そしてこのどっきり!の模様は、2005/03/25(Fri)発売のDVD第一巻の巻末に、映像特典として収録されるそうです。
 しかも番組収録のタイミングから、次回第9回配信分では、おかゆさんからのどっきり!の感想を伺えるそうな・・・
 更にもしかすると、おかゆさんを騙そうとしている、千葉紗子さんやupliftさんの方が、逆に騙されているかも知れないという、血で血を洗うどっきり!企画。

 こんな企画、見たことない!(笑)

 昔から、数多くのラジオに於けるプロモーションを見てきましたが、こんなにも愉しそうな企画は初めて見ました。
 自分は『Anime-TV』にて放送されたもので済まそうと考えていたのですが、DVDを買ってしまいそうな勢いです。


 それでは、よしなに。

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2005/03/15

佐祐理の「観鈴ちんピンチ!」

 <音泉>内で好評配信中の『川上とも子のうさぎのみみたぶ』#335にて、『AIR』の神尾観鈴のモノマネをする『Kanon』の倉田佐祐理を聴くことが出来ます。(笑)
 これは観鈴ファンにも、佐祐理ファンにも、とも蔵ファンにも必聴です。
 なお、この#335は、2005/03/22(Tue)に#336へ更新されますので、興味のある方はお早めに。

 ※ とも蔵さんは嫁に行くことに、積極的でないのかな?

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2005/03/14

悲しみのWhite Day...優子より

 ホワイトデー あれから半年
 あなたに言ったこと
 そんなにキズついてたなんて・・・・・
 おはよう。
 こんにちは。
 ありがとう。
 じゃあね・・・・・
 ふつうのボーイフレンドだと思っていたのに
 あなたの気持ちわかるにつれて
 言葉がすくなくなってく。
 バレンタインデーが愛の告白の日なのに
 ホワイトデーはチョコレートをもらった男の子だけの
 返事を伝える日なんて
 なんかちょっぴり不公平かな
 心も夕焼け色に染まっていく いま
 ふと 思い出すの 悲しみのホワイトデー...優子より


 『夢幻戦士 ヴァリスII The Fantasm Soldier 』 (CT28-5530)
 (C)1989 日本テレネット (P)1989 TOSHIBA EMI

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2005/03/12

【大爆笑】『機動戦士ガンダムSEED DESTINY』

 今日の『機動戦士ガンダムSEED DESTINY』(監督:福田己津央)は、アバンタイトルから大爆笑でした。(^^)

 あのぉ、もう戦争とかどうでもいいかさぁ、これからはこのラブコメ路線で行きませんか?
 どんなにシリアス頑張っても、どうせある程度のところまでしか行けそうにないのですから、ここらでエイヤ!と舵を切って、ラブコメやりましょうよ。
 そちらの方が、自分は面白い。
 今日のはホントに面白かったんだから!
 ミーア(CV:田中理恵)はいつも通りでおかしいし、ルナマリア(CV:坂本真綾)の焼き餅が意外でおかしいし、シン(CV:鈴村健一)は相変わらずのラッキースケベ。
 よし、ここにメイリン(CV:折笠富美子)を混ぜて、「二人一緒じゃ駄目ですか?」でアスラン(CV:石田 彰)落とせ!(爆笑)

 こないだにょむら会で、「アスランはイジメ甲斐がある」みたいなこといってのはこのことかと。
 でも脚本は、両澤さんお一人。
 にょむら会、関係ないじゃん・・・


 それでは、よしなに。(敬称略)

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2005/03/11

【感想】『AIR』第十話「ひかり -light-」

 多くの人が賞賛している中、自分にはその良さがまるで分からない作品を生み出す監督の一人に、レオス・カラックスさんがいます。
 今観るとどうかは分かりませんが、当時、大学の授業で観た『ポンヌフの恋人』には、これっぽっちも心が動かされませんでした。
 この感想はその後、WOWOWで観た彼の三部作も同様でした。
 あのプチプチと細切れになる編集のどこがいいのか、今でもディスカッションしたくて堪らないぐらいです。


 さて、今回の第十話「ひかり -light-」。
 正直にいいまして、この細切れにプチプチと切れる映像というのは、観ていて面白くないです。
 こういった映像が評価されているということは、理解しているつもりです。
 ですが、こうして毎回愉しく観ている『AIR』でそれをされても、やはり自分にとって面白くないものは面白くありません。
 レオス・カラックス監督作品宜しく、プチプチと細切れになる映像の愉しみ方を、是非とも教えて欲しいです。

 さて、冒頭に登場した、海岸で砂遊びをしていた女の子と男の子。
 しっかりと繋いだその手や、それを見て身を震わせるそら(CV:小野大輔)のリアクションなどから、恐らくあの二人は、毎回OPでタイトルロゴの『AIR』に繋がるあの二人なのでしょう。
 ですが個人的に伏線は、もう少しさり気なくして欲しかったです。
 例えば今回初登場の、志野まいか(CV:金田朋子)。
 最初は、志野さいか(CV:金田朋子)の再登場かと思いました。
 ですが、「さいかお姉ちゃんの病気が良くなりますように」とお祈りをしていたところから、CVが同じであってもあれは妹のまいかですね。(エンドテロップにて確認済み)
 第二話で観鈴(CV:川上とも子)がさいかのことを、「あの子は今度手術する…」と話していた伏線が、ここに結び付いている。
 こういった伏線の方が、自分は嬉しいです。

 それから、そらが晴子(CV:久川 綾)の目を突いたのは、第一話で晴子に目を突かれた往人(CV:小野大輔)の逆襲ですね。(笑)
 後はセミっぽい朝食の全貌(笑)など、ザッピングならではのシーンの連続に満足でした。

 「そう、帰る場所があるのですね。 あなたは頑張って下さいね。 いつか、その翼で飛べるように…」
 この美凪(CV:柚木涼香)の台詞は、咀嚼すればするほど、味わい深い台詞ですね。
 美凪の飛べない翼には、帰るところがないのだけれど、そらにはそれがある。
 美凪がそう思えたのは、そらの向こうに往人の面影が見えたからではないのだろうか?
 そんなことを妄想してしまうほど、この台詞は美凪というキャラクタを象徴しています。
 しかもこれの一つ前の台詞は、「うるとらはっぴー」ですからね。
 美凪の奥深さに触れた気分です。

 さて今回は始まった直後から、自分の眼には、同一時空間内に於ける往人とそらの共存が、酷く不安定に映っていました。
 前回のラストから、そらが柳也(CV:神奈延年)の遺志を継ぐ者なのは明白でした。
 ところが同じ時空間内に、同じく柳也の遺志を継いだ往人がいる。
 魂保存の法則(?)のようなものが頭を過ぎると、どうしてもこのシチュエーションに納得することが出来ませんでした。
 徹頭徹尾、画面内のどこかにそらの円らな瞳を捉え、徹頭徹尾、往人の目許を映さなかったところからも、今回の主人公はそらなのに。
 このあたりがもう一つ、自分の中で理解し切れませんでした。
 ですがこれがラストになって、ようやく分かったような気がしました。
 往人が光になって消えた後、そこに残っていたのはそらだけ。
 そして、そらが光の粒になって砕け散った後に出てきたのが、往人。
 つまり、往人もいるという不安定な時空間だったからこそ、そらの記憶が不安定だったのではないかと。
 そして、観鈴を想う気持ちに気が付いた往人が消えた今、本当の意味でそらは、柳也の遺志を継いで、観鈴を蝕む過去からの呪縛を解き放とうとしているのではないかと。
 観鈴が大好きな往人は、そらとなってずっと観鈴の傍にいる。
 観鈴をゴールへ送り届けるために…

 そして自分は、次回予告に眼を瞠りました。
 自分は劇場版を観ているので、このあとの展開を知っているのですが、次回予告の一カット一カットが、劇場版のそのどれをも上回っています。
 特に、黄金色に輝く大海原をバックにして、観鈴を背負う晴子の小さな人影は…
 画面の右下に、「第十一話 うみ -sea-」の文字が重なるこのファイナルカットほど、次回への期待感をそそられる絵はありません。

 次回も期待しています。


 それでは、よしなに。(敬称略)

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2005/03/10

【表明】トラックバック&コメントポリシー

 『遍在 -omnipresence-』は、相互TB(トラックバック)を推奨します。

 良い言葉でいうと"自由"、悪い言葉でいえば"無秩序"のインターネット。
 そこに発生した"ブログ"という、新しいコミュニケーションツールには、TBという機能が備わっていました。
 このTBの本来的な使い方でいえば、相互TBは不要です。
 ですがこのブログの中でも、作品感想系ブログに限っていえば、相互TBはたいへん有効だと捉えています。
 というのも、作品の感想は他の感想を参照して生み出されるのではなく、その作品を観た多くの人から、同時多発的に生み出されているからです。
 そしてそれらが相互TBによってウェブ(蜘蛛の巣)状に繋がっていれば、その作品に対して、多角的な物の見方が出来ることでしょう。
 ですので、せめて作品感想系ブログだけは、相互TBを認めて欲しいなと思っています。

 ということでTBもコメントも、自分はたくさん欲しいと思っていますし、こちらからもどんどんTBしていこうと思っています。
 みんなで相互TBをして、作品に対する理解を深めていきましょう!

 逆に、相互TBを快く思われない方は、その旨をはっきりと伝えて下さい。
 きちんと対応させて頂きます。
 また、スパムTB&スパムコメントに関しては、これを断固拒否します。

 これからも、『遍在 -omnipresence-』を宜しくお願いします。


 それでは、よしなに。

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2005/03/05

『走れハイジ』入江紀子

走れハイジ 凄くライトな表紙絵をしているが、これは入江紀子から現代を生きる人総てに対して振り下ろされた、おもい木刀である。
 この木刀は避けても、受け流してもいけない。
 絶対に受け止めなければならない。
 この木刀を受け止められぬ者に、今を生きる資格はない。

 作中の言葉を借りよう。

 泣こうがわめこうがかまわねえ
 生きてるもんは生き続ける義務がある!
 「権利」じゃねえぞ 「義務」だ!
 生きたくても生きられない人間がいる
 生かされている人間は死ぬまで生ききる義務があるんだ!
 それが礼儀だ
 …友達への…家族への…
 みんなへの礼儀だ


 この『走れハイジ』は、みんなが読まなければならないと思わせるのに、充分な作品でした。
 コミックスの表紙の最上段には、「児童誘拐、いじめ、自殺、いのちと感動の超衝撃作!」と書かれています。
 これはハッタリではありません。
 絵的にではなく、精神的にザックリ刺さるショッキングなシーンが、たくさんあります。
 ですが、それでもみんなに読んで欲しい。
 それが、今を生きるということなんだと思います。


 それでは、よしなに。(敬称略)

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2005/03/04

【感想】『AIR』第九話「つき -moon-」

 柳也様カッコイイ!萌え萌え!(^^)
 出でよ、召還獣アラターニ!!

 この召還呪文はスペルワンス(一回限りの呪文)です。
 新たにアラターニ(笑)を召還したいと思われた方は、各自で工夫して下さい。


 物語の結末に対する、作り手側の自信の表れ。
 他の方の感想を拝見しますと、どうやらこの展開は原作ソフト通りのようですが、それにしてもこの大胆なシナリオ構成には舌を巻きます。
 ここからラストまでのシナリオに対してよっぽどの自信がないと、こんなシナリオ構成は出来ないと思います。

 『宇宙のステルヴィア』(監督:佐藤竜雄)に於いて、グレートミッションを前哨戦として、ジェネシスミッションを本戦にしたときにも驚きましたが、今回はその衝撃を凌駕します。
 これまであったものを単なる引き金にして、それ以上の脅威を後から出してくるのではなく、主人公をカラスにしてヒロインに巡り合わせてから画面右上に、作品タイトルを描く。
 この第九話のラストは、これまでが単なるプロローグであり、これからが『AIR』のメインストーリーであることを雄弁に語っています。
 九話からなる壮大なプロローグ。
 これが他の作品であれば、「またそんなに風呂敷を広げて…」となるところですが、『AIR』なら何かをやってくれそうです。
 くれそうですが・・・この先『AIR』のラストには、これまで以上の感動が本当にあるのでしょうか?!
 そんなにも晴子(CV:久川綾)へのゴールは、感動できるものなのでしょうか?
 劇場版『AIR』に於ける前述のゴールシーンは、正直にいいますと白けていました。
 バックで波がザッバーン!・・・って、あれはギャグの演出ですよね?

 ついでだからもう一つ、劇場版『AIR』の話。
 原作ソフトプレイ済みの方の多くの感想に、「"そら"をただのカラスなんかにするんじゃない!」というご意見がありました。
 自分は原作ソフト未プレイでしたので、「別にいいんじゃない」ぐらいの思いでいました。
 ですが今回の第九話を経て自分は、この考えを改めました。
 "そら"をただのカラスなんかにするんじゃない!」
 自分もそう思います。
 "そら"の背負っているものが、余りにも違いすぎる。
 『AIR』を名乗る作品内で、ただのカラスを"そら"と呼ぶことは、『AIR』に対する冒涜以外の何物でもない!
 この一点をもって劇場版『AIR』は、『AIR』の看板を下げるべきだといってしまって構わないと思う。
 そのぐらい今回の第九話は衝撃的でした。

 「これまでの『AIR』は前哨戦に過ぎなかった…」

 まるで三流映画の続編キャッチコピーみたいですが、これまでの密度の濃い九話分をまるまる前書きにして、次回からの本編へ繋ぐこの構成。
 現代を描き、過去を描き、もう一度現代に戻ってきたとき、主人公はカラスに転生。
 そして、「にはっ。よーい、どん!」・・・

 次回から始まる『AIR』の神髄を、しかと受け止めます!


 さてここで少しだけ、死に行く者について。
 『AIR』に限らず、今回の八百比丘尼(CV:潘 恵子)のような事切れ方には、いつも釈然としないものを抱いております。
 そもそも、人はそんなにも簡単に死ぬのでしょうか?
 人間の出血致死量は2リットルと聞いているので、どうしてもあの程度の描写では…と思ってしまいます。
 もっと血塗れなら、当たり所が悪かったんだと思えます。
 もちろん、人間と翼人は違うという話もあるのでしょうけど、今回はその映像に、それだけの説得力を感じられませんでした。
 ですが、お手玉を死に行く母への手向けとする神奈(CV:西村ちなみ)の姿には、恥ずかしながら泪を誘われました。
 これらのシーン、原作ソフトでは、どのように表現されているのでしょうか?


 あとはBパートの冒頭。

 三人は大きな木の陰で、身を寄せ合っています。
 竹筒に入っていた飲み水を、三人で分け合って飲んでいましたが、恐らくはその時間の長さから、柳也と裏葉は神奈のために、飲むふりをしていたのでしょう。
 そして三人は、今後の夢を語り始めます。
 三人で西の温かい海辺で暮らす、幸せな夢。
 だが、三人が夢を語っている間にも、ジリジリと間を詰めてくる追っ手達。
 柳也は取り囲もうとする追っ手に気付いて身構えるが、夢を語ることは決して止めない。
 夢を語り続けながら顎で「神奈を連れて逃げろ」といわんばかりに裏葉を促すが、彼女は頭を横に振って、逃げる代わりに短刀を手に取った。
 もちろん裏葉は柳也と同様、この間も夢を語ることを決して忘れない。
 そしてその間にも、語られる夢の一つ一つに覆い被さるようにして、追っ手が一歩、また一歩と躙り寄ってくる。
 夢を語る会話と、迫り来る映像の対比が、観るからに切ない。
 何より神奈はここまで、まるで追っ手のことには気付いてないかのようでした。
 ところが・・・
 柳也との泪の接吻とともに、「末永く、幸せに、暮らすのだぞ」と二人に最期の命を与える神奈。
 直後、翼人の象徴でもある翼を大きく広げて神奈は、空高く舞い上がった。
 だが、「もっと高く!」という柳也の絶叫も虚しく、追っ手達から矢継ぎ早に放たれる矢が、休むことなく光り輝く神奈の翼を貫く。
 更に追い打ちを掛けるようにして、調伏の呪文による赤い呪詛の帯が、神奈の身体を縛り上げる。
 月明かりの下で藻掻き苦しむ翼人、神奈。
 そして最期には、サブタイトルにある月をバックにして、神奈は泪とともに粒となって消えてしまった…

 これは『AIR』屈指の名シーンといっても、過言ではないでしょう。
 次回、第十話「ひかり -light-」にも、期待しています。


 それでは、よしなに。(敬称略)

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2005/03/03

【相談】TBマナーについて…

 この記事は、恥を忍んでタイプしております。

 さて、本日届いた「ココログマガジン☆2005年3月号」によりますと、どうやらこれまで自分が行ってきたトラックバック(以下TB)。
 記事中に相手ブログへのリンクを貼らずに、その相手にTBすることは、マナー違反だそうな…

 そういったことは早くいってくれよ!

 いや、自分が不勉強なだけの話ですが、でもな…
 このブログは今年になってから本格稼働させたのですが、これまでの2ヶ月間、どなたからもご指摘はありませんでしたし、記事中にリンクの貼られていないTBも、たくさん頂戴しました。
 ですから自分のTBに対する認識は、"記事の冒頭部分付き拝見しましたよ通知&リンク"程度でした。
 そしてTB返しも、お互いにお互いの記事を読みましたよ的なものと捉えていました。

 ところが、このTBマナーについて検索したところ、どうやらTBマナーの詳細についてはまだ、一概にはいえないような感じです。
 まだこういったTBマナーというか、ブログマナーのコンセンサスが固まっていないような、そんな印象でした。

 ということで今回は、【相談】という形を取って、皆さんのご意見を頂戴しようと思いました。
 皆さんはTBのことを、どう思われていますか?
 皆さんからの忌憚のないご意見を、お待ちしております。


 それでは、よしなに。

 P.S. その後、『遍在 -omnipresence-』に於ける、TB&コメントポリシーを表明しました。

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